NATROMのブログ

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同意書をとったことにした豪腕・万波病腎移植

宇和島徳洲会病院の万波誠医師が行った病腎移植の問題の一つに、文書化されたインフォームドコンセントを取ったか否かという点がある。ヒトを対象とする医学研究に関わる医師に対する指針を示す倫理的原則であるヘルシンキ宣言には、「医師は対象者の自由意志によるインフォームド・コンセントを、望ましくは文書で得なければならない。文書による同意を得ることができない場合には、その同意は正式な文書に記録され、証人によって証明されることを要する」とある*1。万波移植については、当初から、同意書をとっていないと報道されてきた。


同意書はとっていないけど、口頭で同意はとった

■生体腎移植、全82例で文書同意なし…宇和島徳洲会(読売新聞)


 愛媛県宇和島市の宇和島徳洲会病院で行われた生体腎移植にからむ臓器売買事件で、移植手術を担当した泌尿器科部長の万波(まんなみ)誠医師(65)は2日、記者会見し、これまでに実施した82例の生体腎移植すべてで、臓器提供者や移植希望者への説明や同意を口頭だけで行い、文書による同意がないことを明らかにした。
 臓器提供者や移植希望者が納得して手術を受けたかどうか、記録で検証できない状態。4日に83例目の生体腎移植手術が予定されており、文書での同意について問われた貞島博通院長は「早急に対応する。できない場合、手術の延期もあり得る」としたが、万波医師は「必要ない」と主張している。

万波医師が同意書をとっていなかったことは、万波医師側も否定していない。徳洲会グループのサイトでも、「今回の調査は、腎臓の摘出、移植について同意書がなかった((URL:[]http://www.tokushukai.jp/media/rt/548.html[]))」「同意書を取らないことについては『そういう習慣』((URL:[]http://www.tokushukai.jp/media/rt/550.html[]))」とある。万波支持者の言い分は、確かに同意書はとっていなかったが、口頭で十分に説明し、同意を得られれば文書は不要であるという主張である。「医師と患者の間に信頼関係があれば文書の取り交わしなど、どうでもよい((URL:[]http://www.tokushukai.jp/media/rt/546.html[]))」という声を徳洲新聞では紹介している。これはこれで一つの見識である。実験的医療を、文書化されたインフォームドコンセントなしで行うのは、ある意味、潔いと言えなくもない。「有名なメイヨークリニックをはじめ、同意書に患者さんのサインを求めない病院は少なくない((URL:[]http://www.tokushukai.jp/media/shinbun567.html[]))」という主張まであった。もしかしたら一般的な手術あればそうなのもかもしれないが、Mayo Clinicのページ((URL:[]http://clinicaltrials.mayo.edu/faq.cfm[]))によると、少なくともclinical trialのときは文書化されたインフォームドコンセントをとるとある。まともな医療機関で、実験的医療を行うときに、文書化されたインフォームドコンセントをとらないところはないと思う。なぜなら、レベルの高い雑誌に発表するには、倫理的にも高い水準をクリアする必要があるからだ。

論文では同意書をとったことになっている

そんなわけで、万波医師らの業績は、学会で口頭発表されても、論文にはならないか、なってもあまり良い雑誌には載らないだろうと考えていた。ところが、万波医師らの論文*2が、American Journal of Transplantationという良い雑誌(Impact Factor 6.423)に掲載されたので、とてもびっくりした。早速、読んでみたところ、さらに驚愕した。



赤線は引用者による


"In all recipients and doners, written consent forms with the patient signature of the operative procedure were obtained."「全てのレシピエントおよびドナーにおいて、手術方法に関して患者のサイン付きの同意書をとった」とある。いつのまにか、書面によるインフォームドコンセントをとったことになっていたのだ。同様の疑問をもった人もいたようだ→■病気腎移植ってそうだったっけ?(清水準一のWeb Site)。下手したら、虚偽記載である。


現場の看護師が同意書をとった

どういうことだったのか?「2007年9月に調査委員会の一員として選ばれ、詳細な資料を見る機会を得た」「片田舎の外科医」さんのコメント*3によると。



ちなみに、万波先生はご存じなかったようですが、実は現場の看護婦さんが、手術に関する承諾書をすべてのドナーさん、レシピエントさんから全例取り付けていることが分かりました。


とのこと。きっと、病腎移植のメリット・デメリットについて説明できるスーパーナースだったのだ、ではなく、手術を行う全例にルーチンで形式的に承諾書をとっていただけであろう。「海外では同意文書にサインを求めないことも少なくない。文書によるインフォームド・コンセントは形式的なものが多く、患者のためではない、医師の防衛のためだ」などと言っておきながら、論文には、形式的にとった承諾書を盾に「全例に書名付き同意書をとった」と書いたわけだ。まあそう書かないと論文が掲載されないわけで、私は呆れるよりかは、その「豪腕」に感心した。

なお、万波移植の問題点としては、書面同意の有無よりも、不必要な腎臓摘出を行ったこと、説明が不十分であったことが重要だと私は考える。B型肝炎についての知識に乏しく、レシピエントに感染させたことも問題だ。万波医師が行った移植と、病腎移植移植の是非は、独立した問題であることも再確認しておきたい。


*1:■ヘルシンキ宣言

*2:Mannami M et al., Last resort for renal transplant recipients, 'restored kidneys' from living donors/patients., Am J Transplant. 8(4):811-8(2008)

*3:URL:http://community.m3.com/doctor/showMessageDetail.do?boardId=3&messageId=1049104&messageRecommendationMessageId=1049104&topicListBoardTopicId=106178