NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

千島学説と火星の運河

幻影随想の黒影さんが「千島氏は、火星に運河を見たローウェルと同類な模様」と指摘されていた*1。同じようなバックボーンで見たら、やっぱり似たような感想になるよなあと思った*2パーシヴァル・ローウェルはまともな天文学者で、天文台の建設や冥王星の存在の予測*3などの業績を残している。同時に、存在しないはずの火星の運河を観察したことでも知られている。


■火星人(ウィキペディア)


火星人が存在するという説を強く支持した人々のうちの1人が、アメリカ合衆国の天文学者パーシヴァル・ローウェル (Percival Lowell) で、火星および火星人の研究に大いに貢献した。彼は実業界の出身で、火星観測のため私財を投じて、ローウェル天文台をアリゾナに建設した。
20世紀後半には多くの火星探査機が火星を直接観測し、また地上からも大口径の望遠鏡による観測が可能となったことで、線状模様に見えたものはより微細な状態として観測されるようになった。その結果、運河も発見されておらず、火星表面にはほとんど水が存在しないことも判明した。また惑星形成理論に照らしても、火星での生物の存在は確認されておらず、当然ながら火星人の存在は天文学では証明されてはいない。




ローウェルが「観測」した火星の運河(■火星人(ウィキペディア)より引用)。


ローウェルは別にトンデモではない。当時の望遠鏡の性能と視力の限界によって、存在しないものが見えてしまうのは仕方のないことだ。ひとたび運河が存在していると思い込んでしまうと、以降の観察にバイアスがかかる。ローウェルの事例からの教訓は、「確かに私は観察した」というのは証明にはならないということである。人は見間違いをするものだから。他にも、科学史においては、存在しない光線を「観察」した■N線という事例もある。千島学説を提唱した千島喜久男と、森下敬一のような少数の追随者は何を見たのだろう?千島学説(新生命医学会)*4のサイトより一例だけ引用してみよう。






30.バクテリア集団から原生動物(ゾウリムシ)の自然発生を示す
有機物を含む水の表面に生じた細菌の膜(菌膜)を静かにそのままカバーグラスに採り、固定しギームザ氏液で染色したもの。(a)…細菌(一種の腐敗菌)の集団、(b)…細胞構造を形成し始め、(c)…ゾウリムシ新生の初期(これは後に旋毛を生じ活発に水中を泳ぐ)。もっとも、新生途中の後期及び生長したゾウリムシは分裂することもある。*5


私にはゴミのようにしか見えない。森下敬一著「血液とガン」には赤血球から癌細胞や白血球が生じたとして多数の写真が掲載されているが、皆こういう感じである。千島や森下は、最初は見間違いから赤血球からさまざまな細胞が生じるという誤謬に陥り、「観察」によってその誤謬を強化していったのだろう。写真はなんの証明にもならない。それどころか、写真こそが千島学説のおかしさを教えてくれる。現在の千島学説の支持者は、本当にバクテリアからゾウリムシが自然発生するなどと信じているのであろうか?*6

観察技術が発達し、惑星探査機が火星に接近して撮った素晴らしい写真が入手できる現在においては、火星に運河があるなどという主張はトンデモの部類になるだろう。しかし、ローウェルの時代には火星の運河の存在は当時の既知の科学知識と矛盾はなかった。火星の運河の存在は、観察技術の進歩によって棄却された学説の一つである。一方、森下敬一が「血液とガン」を書いた当時からして既に、千島学説は既知の科学知識と矛盾を来たしていたことは指摘した通りである。

千島学説の信奉者はよく「千島は観察事実をそのまま発表した。千島学説を否定する医学者どもは自分の目でろくに観察もせずに既存の論文や教科書を鵜呑みにしている」などと言う。断言するが、千島信者で血球や病理組織を観察した人はほとんどいないであろう。私が研修医の頃、すでに白血球分画は機械的に測定できたけれども、トレーニングのために白血球の数を数えさせられた。毎日毎日、末梢血をプレパラートにひいて、顕微鏡で覗いて数を数えていた。骨髄穿刺をしたら、骨髄細胞を見る。病理医は、癌の組織をやはり見る。海外を含め多くの医療従事者が毎日のように血球や組織を観察しているが、千島が見たものを「再発見」した人はいない。千島の時代と比較して顕微鏡の性能も良くなっているにも関わらずだ。


*1:■千島学説に突っ込んでみる1

*2:■進化論と創造論についての掲示板ログ126

*3:実は偶然だった?詳細は■冥王星(meinekoの日記)を参照。

*4:URL:http://www.chishima.ac/

*5:URL:http://www.chishima.ac/photo/photo5.htmより引用

*6:マジで信じていそうだから困る。教育は無力だ。