NATROMのブログ

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千島学説を追試した論文は存在した!?

誰かが「地球が球形だなんてウソだ。大地は平らで、端は滝になっていて、大きな亀の上に乗っているんだ」と主張したとしよう。まともに相手をする必要があるだろうか?暇なら地球球形説の根拠を解説するぐらいの親切心を出してもいいが、まあ指を指されて笑われてもしょうがないレベルだろう。「大地平坦学説がトンデモ学説であると言う文献を示せ」などと言われても困るよね。文献というか、教科書レベルの話。「大地平坦論者のほうが文献出せ」でOK。大地平坦論者が何か文献を出してきても、一般書なら読む必要すらなし。じゃあ論文なら?学会誌レベルであっても、大地平坦説を支持する論文が載るとはとても思えないが、どんな内容なのかスゲー興味あるよな。今回はそんな話。

さて、千島学説というトンデモ説がある。バクテリアの自然発生やら、進化論否定やら盛りだくさんだが、今回扱うのは癌細胞の由来。常識的には遺伝子の異常により統制から外れて増殖し続ける細胞のことだが、千島学説では病的な赤血球が変化して生ずるとされる(癌細胞血球由来説)。「赤血球には核がない」とかそんな説得はまったく通じない。なんせバクテリアやウイルスが自然発生すると信じている方々だから。幻影随想(■千島学説とその信奉者達)や、粘る稀なガン患者(■粘る稀なガン患者)のコメント欄でももめていたが、ウィキペディアの千島学説の項で編集合戦になっている。信者 v.s. 常識的な人たち。たとえばこんな具合。



・足すにせよ削るにせよ要約と根拠くらい書きましょう。ノートだってあるのですから。現状で関連項目でEBMだけ残されても意味不明ゆえ削除。文言の微修正。
・書誌情報に遡れなかった物について自費出版物にのみ基づくものは原則として適切な情報源ではないとされているので削除。検証可能性の観点で未検証の部分を明記。
・「宗教」ではなく「学説」である以上、そのように「新規性」が強い話に関しては、査読付論文をご引用ください。著者名からは論文に辿れません。書誌情報をお待ちしております。
・仮にも科学を名乗るのなら真っ当な文献を引いてください。
・私信にしか根拠がなく、その後に続く人も居ないのに「海外からの評価が高い」という評価は不当です。書誌情報はまだですか。
・単にコメントアウトを復活させるだけでは意味不明です。また、百科事典はルサンチマンを書くところではありません。削除しておきます。
・コメントアウト前半は書誌情報をご確認ください。IJCO誌にて確認できておりません。後半は辞典にふさわしくない記述です。ごく普通のことです。
・千島学説を支持している医学者がほとんどいないのは事実。
・「論文」の正しい巻数・タイトルはまだですか?それとも論文など存在しないのではないですか。
・日本癌治療学会雑誌の何巻の何ページに掲載されたのかの記載がないためコメントアウト。
・指摘事項が一切反映されておりません。タイトルからは例えば赤血球が分化したもの証明とは読みとません。一旦戻します。
・そこを削除することを正当付けるだけの情報が提示されておりません。どの原理の何をどう証明した論文なのでしょうか?一旦戻します。
・きちんとした論文があるなら提示しようね。ないの知ってって書いているのだけど。
・いやしくも百科事典であるならば誰がどのような研究でどの原理をどう実証したかを書くべきです。後最低限真っ当な論文を引くべき。
・『千島学説を追試・実証した医者や研究者がいる。』とするならその根拠となる論文をリンクすべき故いったん削除。


信者の方々はほとんどコメントしない。黙々と記載しては削除・訂正される。論点の一つは、千島学説を追試した論文の有無。残念ながら科学的思考能力に欠けていても医師にはなれるため、稀には千島学説を支持する医師がいてもおかしくはないのだが、査読のある論文となるとまた話は別である。千島学説支持者によれば、酒向猛氏による論文が、日本癌治療学会雑誌に掲載された、とのこと。当然、「何巻の何ページに掲載されたのか」との声が上がるが、返答なし*1。しまいには、「虚偽の可能性もある」とか言われる始末。要するに、酒向猛氏が自著に「千島学説を追試した。日本癌治療学会雑誌に論文も掲載された」と書き、信者が論文を読みもせずに鵜呑みにした、というところだろう。PubMedなどでは検索に引っかからないようだが、医中誌で検索したらすぐ見つかった。「赤血球の細胞増殖促進作用についての研究(癌性貧血との関係より)(原著論文/抄録あり), Author:酒向猛(名古屋大学 第2外科), 市橋秀仁, 中尾昭公, 他, Source:日本癌治療学会誌(0021-4671)22巻6号 Page1217-1224(1987.07)」。論文も手に入れた。古い雑誌だらけの図書館もこういうときには役に立つ。内容は、だいたい予想はついたけれど、全然千島学説の追試じゃない。要旨を引用する。



癌性貧血の原因の一つとして,腫瘍組織への赤血球成分の取り込みが以前より考えられている.この説をin vitroの側面より証明するために,組織培養を用い赤血球が細胞株の増殖に与える影響を検討した.この結果,赤血球はin vitroの細胞株に対して血清と類似した細胞増殖促進作用をもつことが明らかになった.また精製hemoglobinは同量のhemoglobinとほぼ同程度の細胞増殖促進作用を示した.以上の点より,赤血球の細胞増殖促進作用の本態はhemoglobinの栄養素的作用であると考えられた.一方、腫瘍組織由来の細胞株は正常組織由来の細胞株に比較して赤血球を栄養素として利用しやすく,この現象からも腫瘍組織は赤血球を栄養源として利用し消費しているものと推察された.


改めて言うけど、どこが千島学説の追試なの?追試どころか、タイトルの「細胞増殖促進作用」ってところからして、「細胞は分裂増殖しない。細胞は赤血球からできる」という千島学説の主張を真っ向から否定しているではないか。千島学説信者に、腫瘍細胞が実際に細胞分裂していること、経代培養できることを指摘すると、「生体内と試験管内は異なる」とアドホック(その場しのぎ)の言い訳をするが、酒向論文の考察には、「生体内の腫瘍細胞は正常の増殖制御から逸脱し無限に近い増殖を示す細胞群であるから,その性格はin vitroの培養細胞によく似ていると考えられる.」とある。腫瘍細胞は生体内でも増殖するものであって赤血球からできるとは書かれていない。つまり、酒向論文は、千島学説を追試していないどころか、癌細胞=分裂・増殖する細胞という現代医学の常識的な考え方に基づくものである。言ってみれば、「地球は完全な球形ではなく、南北方向がわずかにつぶれた形をしている」という内容の論文を、「大地平坦説を証明した論文だ」と主張したようなものだ。


*1:幻影随想の私のコメントを見てか、"218.45.174.128"氏が追加した模様。誰か訂正して