NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

行政学者から見た医療崩壊


cover
■まちの病院がなくなる!?―地域医療の崩壊と再生 伊関 友伸 (著)


医療崩壊に関する本としては珍しく、非医療従事者によって書かれた。著者の伊関は2004年3月まで埼玉県に勤務する公務員であり、県立病院課および県立精神医療センターの職員として埼玉県立病院の経営改善に関わった。現在は城西大学経営学部准教授で行政経営の研究を行っている。行政側から見た、自治体病院を中心とした医療崩壊とその対策について述べられている。オビには「夕張市の病院はなぜ崩壊したのか?」とあるが、「決して夕張市特有の問題でない。…夕張市立総合病院は、たまたま全国の自治体病院に先駆けて医療崩壊を起こしただけにすぎない(まえがき)」。危機に立つ自治体病院を例に出し、現状と問題点を挙げている。

特筆すべきは、一章を割いて「医師はなぜ病院から立ち去るのか」を論じているところである。その理由として、新臨床研修制度の導入や激務・低報酬の他、コンビニ受診、マスコミによる表層的な報道、医療訴訟の増大などが挙げられている。実例として、阿賀野市水原郷病院の医師大量辞職、奈良県橿原市の死産事件、福島県立大野病院事件などが述べられている。いずれも、医療関係者のブログではよく知られている話題である。加えて、医療従事者からは見落としがちな一面も著者は指摘する。医療従事者だけだと、「行政や官僚はアホかwwww」となってしまいがちだが、それは一方的な見方かもしれない。



現場の意見を軽視する行政の体質も問題である。現場の医師の意見を聞かず、国の方針や他自治体のやり方をそのまま機械的に導入する。「国の方針です」「他の自治体がやっています」というのが、行政内部でいちばん予算が通りやすいからである。他と違ったことをやろうとすると、上司や財政担当、議会など、外部から横やりが入ることが多い。その点で、医療政策担当者も被害者である。(P196)


[現在の国の行う医療政策は、ことごとく現場の医師のやる気を喪失させるものであるようだが、]その原因は、国の行う医療政策の目的が、「医療費の削減」が第一となっていて、国民にとって必要な「医療の質の維持」という目的が後回しになっているためであろう。これは、厚生労働省だけが悪いというわけではない。国全体の政策として「医療費を削減する」という政策目標が設定されている中で、厚生労働省ができることは限界がある。…医療の現場がどれだけ疲弊していても、厚生労働省は医療費の総額を増やすという政策決定をする権限は与えられていない。(P202)(いずれも強調は引用者による)


医療事故を起こした個人を責めるよりも事故が起こりやすいシステムを改善すべきなのと同様に、行政や官僚の個人を責めても仕方がないのだろう。『国民が、医療政策についてすべて国に「お任せ」で、国の進める医療費縮減政策をよしとしていることが、官僚が政策変更をしないことにつながっている(P204)』。日本は民主主義国家であるからして結局は国民の責任ということだ。選挙などを通じて変えていくしかないのだろうが、現状を鑑みるに日本の医療の未来はあまり明るくないと私には思われる。

最終章では病院PFIについて述べられている。PFIとは、「Private(民間)、Finance(資金)、Initiative(主導)の言葉のとおり、民間の資金やノウハウを使い、公共施設を整備、運営する手法である(P216)」。私は病院PFIについては、高知医療センターの失敗ぐらいしか知識がなかったため、勉強となった。PFIにも長所・短所があり、ツールとしてうまく使うべきであるとのこと。こういう本でも読まないとなかなか学ぶ機会がない。