NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

説明不足だからヤブ?

前回の■ヤブ医者マップは役に立たないに、いっぱいブックマークがついた。まあ、賛否両論といったところだ。その理由の一つに、医療者からみたヤブ医者と一般の人からみたヤブ医者との乖離があるのだろう。患者の言うがまま風邪に抗生剤を処方し、点滴を行なう「サービス」のよい医者は医療者からみたらヤブ医者だが、えてしてそういう病院がはやっている。ヤブ医者マップはそういう「サービス」の良し悪しを判断する材料にはなろう。開業医の先生方は、「医学的に正しい診療」と「サービス」の兼ね合いに苦労されている。


ブックマークのいくつかに答えてみる。



だからといって素人は黙ってろってのもアレだし、大変すね

”情報の非対称性がある分野では、顧客の声を集めてもあまり役に立たない”のは確かにそうなんだけど、だから大人しく医者の言うことを鵜呑みにしてなさい、というのも違うんだろうし。求むソリューション

他の患者さんの意見が役に立たないなら、どうすればいいんだ?というのはもっともな疑問である。一つは患者さん自身が勉強するってこと。インフルエンザに抗生剤が無効ということを知っておいてもらえるとたいへんに助かる。「末期がんは入院していても死ぬ」ことすら知らないレベルの人もいるくらいだし。それから、解決法と言えるのかどうかは微妙だが、医師にまかせるというのは意外といい方法である。自分の身内が他科領域の病気にかかったときも、自分自身の歯科治療のときも、私はそうした。専門家の意見は、素人があれこれ考えるよりも正解である確率がずっと高い。難しい症例ならば高次病院に紹介されるが、これもどこの誰先生が名医かを知っているのは同業者である。自分で探したり、ヤブ医師マップを参考にするよりもずっとマシである。命にかかわる疾患ならセカンドオピニオンを求める。いまどきセカンドオピニオンを求めるのに嫌な顔をする医師はヤブ医者である可能性がきわめて高いと判定してよい。なお、勝手に病院を代えるのはセカンドオピニオンではなくただのドクターショッピング。



余計な「サービス」は勘弁して欲しいなあ。37℃台の風邪でいちいち解熱剤と胃薬と抗生物質と整腸剤を出されるのはかなわん。

まあやたらと処方の多い医師がいるのは確か。ただし医師の立場から言わせてもらえば、必要最小限の処方で済ますとそれはそれで「あの先生は風邪に咳止めも出さん」などと文句を言う患者さんもおられる。かと言って、「咳止めはいりますか?」「胃薬はどうします?」と聞けば聞いたで、「いちいち患者に聞くな」などと文句を言う患者さんもおられる。37℃台の風邪は、医師にかかろうとかかるまいと、薬を飲もうと飲むまいといずれ治るので、暖かくして水分を十分摂り家で寝るのが正解。



例示されてる事案って殆ど「医師の説明能力不足」が原因でヤブ認定されてるじゃん。だから実際に「ヤブ医者」なんだよ、彼等は。

まあ説明能力不足の医師がいるのは確か。でもね、どのような説明能力を持ってしても、けして理解しようとしない患者さんもいるのも確か。そもそも例示されている事案って、「3件目でインフルエンザに抗生物質を処方してもらって満足」「発病初期でインフルエンザと診断できなかったからヤブ」「末期がんを助けられなかったからヤブ」「わざわざ遠くから話を聞きに来たのに説明がない!」「説明のないまま気管内挿管された!」だよね。

3件も病院をハシゴしても「インフルエンザに抗生物質は無効」を理解できないような患者さんを説得するのは困難だろうと思うよ。しかも病気のときって普通の精神状態ではないのだから。偽陰性についても、感度やら特異度やらを外来で理解してもらうのはたいへんだ。「発病初期だと検査で出ないこともあります」と説明はしているけど、帰るときには忘れられていたり、そんな検査は意味がないなどと文句をつけられたりする。あなたが発熱で苦しい思いをしながら外来で順番待ちをしているとき、前の患者がインフルエンザに抗生剤が無効であることや検査が100%正しい訳ではないということを理解できず、延々と説明されていたと想像しよう。「もう説明したってわからない奴もいるんだから適当なところで切り上げろ」「無駄な説明に時間を費やすよりも待ち時間を減らすほうが真のサービスだろ」などとは思わないか?

「末期がんを助けられなかったからヤブ」は説明不足の問題ではなく、不幸な結果をどう受け止めるのかという問題。「患者の満足する死を与えるのが医療」という意見もあり、それは正しい。もちろん、患者本人だけでなく、家族にとっても満足する死は必要であるし、医療者はそのように努力する。たとえ治癒する見込みがなくても、いや、治癒する見込みがないからこそ、ベッドサイドへ行き、話をして、できる限り苦痛をとる。危篤のときは、たとえ医学的にすることがなかろうと、泊り込み、あるいは休日でも出勤し、看取る*1。それが主治医の責任だ*2。普段見舞いに来ている近くの家族はそれで納得もしようが、遠くの家族はそうはいかない場合もある。一度も会ったこともない、患者さんが亡くなって初めて来たような家族が「病院に入れていたのに、なんで死ぬんか」などと言う。医師を悪者にすることで遺族の心情が楽になると思えば我慢もできるが、ヤブ医者マップに書かれたりすると凹むだろうな。そんなのに感化される連中は正直来なくていいと私も思う。

「わざわざ遠くから話を聞きに来たのに説明がない!」「説明のないまま気管内挿管された!」も、「遠くの家族問題」のパターンである。アポなしでイキナリ来た遠くの家族にも説明する義務があるのか?遠くから家族が来るたびに説明しないといけないの?家族への説明の時間はとっているのだから、説明が聞きたければ同席すればよい。また、緊急時は別として、気管内挿管などの重要な処置は家族の承諾をとってから行なうのが普通である。後から来たのに「説明のないまま気管内挿管された!」などと言われても困る。合併症が起こりうる処置について、きちんと説明し同意をとっていても、後から「そんなことは聞いていない」などと言う遠くの家族が現れるパターンもある。遠くの家族まで含めてすべての関係者を満足させるような説明能力が必要とされるのであれば、結果が悪くなる疾患を扱うすべての医師はヤブということになる。自己申告のヤブ医者マップは、真の説明能力不足の医師と「遠くの家族」から逆恨みされた医師を区別できない。

*1:最近はそういう気力もなくなってきつつあるけど

*2:引継ぎをきちんとしておけば当然、当直医が看取ってもよい。そういう方針の医師もいる。ここで言いたいことは、遠くの家族まで含めてすべての関係者を満足させることはどうやってできないこと、よって不満足の声があるというだけではヤブ医者かどうかの判定はできないことである。つまり「医師の説明能力不足だから彼らは実際ヤブなのだ」という主張は単純に間違いである