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貝のミラクル


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■貝のミラクル―軟体動物の最新学 奥谷喬司 編著

貝類は、無脊椎動物としては身近であるにも関わらず、あまり一般書を読んだことがなかった。親父の本棚にあったのを拝借して読んでみたけど、結構面白い。18章にわけて、それぞれ貝類学の専門家が書いている。読み物としてうまく書けているものから、やや専門的な内容のものまである。特に興味深かったのは、マイクロ・モラスカ(超微小貝)、右巻き・左巻きの進化、イモガイ。

1ミリメートル以下のサイズの貝類は個体数が多いが、特に日本のものはこれまでほとんど研究されていなかったという。貝殻の形は収斂によって似通っているので、種の同定には軟体部が必要になる。軟体部をまるごとパラフィンに埋め込み、切り出して顕微鏡下で観察する。また、蓋や歯舌や顎板などの硬い組織を電子顕微鏡で詳しく調べる。海藻上から採取した腹足類170種のうち、57種(33.5%)が日本未記録・未記載のものだったそうだ。未踏の奥地へなど行かなくても、まだまだ知られていない種はたくさんあるということだろう。

貝の巻きの左右は、ある種の貝については遅滞遺伝する、つまりある個体の表現型は母親の遺伝型によって決まるということは高校の生物の教科書に載っていたが、それ以上の詳しいことは知らなかった。むろん、実際にはもっと複雑である。種内に多型がなく右巻きか左巻きか決まっている種もあるが、巻貝全体としては右巻き→左巻きの進化も、左巻き→右巻きの進化も繰り返し起こったらしい。9割の属が右型で、基本は右型。で、陸の巻貝(カタツムリなど)で左型が多い。陸では個体群が分断されており、遺伝的浮動によって左型が進化しやすいという仮説がある。本書ではもうちょっとつっこんだ考察がされていて興味深い。

イモガイについても、時に人を刺すということぐらいしか知らなかった。ペプチド神経毒で、適切な呼吸管理がなされなかったら呼吸筋麻痺で死ぬこともある。なぜ貝が毒を持っているかというと、捕食のためである。結構でかい魚を食う。自分の1.5倍くらいの長さの魚も飲み込んでしまう。ネット上で探したら、動画があったので興味のある人は見て欲しい(■懐かしTVマニアックス NHK篇)。きわめて複雑な行動であり、創造論者なら「進化で獲得できたはずがない」とでも言いそうだが、イモガイには死魚を食うものや、虫食性・貝食性の種もあり、射刺をおこなわなかったり、おこなっても毒の噴出をしないものがあり、漸進的な進化の系列は想像できる。

この他にも、殻を持たない代わりに餌の刺胞をとり込んで防御に使うウミウシ、化学合成細菌と共生するシロウリガイなどが面白かった。