NATROMのブログ

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牛乳は肝癌を抑制するか

■さまざまなリスクを比較するー「放射能のリスクを生活の中のリスクと比較する」関連図表 : Global Energy Policy Researchを見ていると、「牛乳・ヨーグルトの摂取」で肝臓癌の相対リスク 0.3 だとされていた。つまり、牛乳やヨーグルトを摂取している人は、そうでない人と比較して、3分の1ぐらいしか肝臓癌にならないというわけだ。いくらなんでも相対リスク 0.3 というのは強く効きすぎのように思えた。私の知る限りでは、牛乳やヨーグルトが肝癌を抑制するという話は一般的ではない。参照文献*1は提示されていたので、サマリーだけは読んだ。

イタリアの症例対照研究。肝癌症例185人に対し対照412人。対照は「食事と関連しない急性・非悪性疾患のための入院患者」。B型肝炎、C型肝炎、アルコール摂取は補正済み。摂取カロリーも。オッズ比(この場合、相対リスクとだいたい同じ)は、ミルクとヨーグルト摂取 (OR = 0.28; 95% CI: 0.13-0.61)。白身肉(OR = 0.44; 95% CI: 0.20-0.95)、卵(OR = 0.31; 95% CI: 0.14-0.69)、果物(OR = 0.48; 95% CI: 0.22-1.05) 。

私の個人的な印象。未調整の交絡因子*2が存在するのではないか。牛乳だけでなく、白身肉や卵等々の他の食事も同時に肝臓癌のリスクに影響するとは考えにくいように思う。たぶん、本文ではこうしたことは考察されていると思う。手抜きして本文は読んでいない、ごめん。仮にこれらの食事がこれほど強く(オッズ比 0.3ってめっちゃ強い)肝臓癌のリスクに影響しているなら、他の疫学研究でも見えそうなものだ。

「milk intake hepatocellular carcinoma」(牛乳摂取、肝細胞癌)をキーワードにしてPubmed先生に聞いて、ギリシャでの症例対照研究*3を見つけた。この研究では牛乳および乳製品の摂取が肝癌に逆相関しているように見えるが、ギリギリで有意差なし(OR = 0.70, 95% confidence interval = 0.49-1.01)。サマリーを読む限りでは、著者らは「ホントは牛乳は肝癌を抑制するんだけど、症例数が足りないため有意差が出なかった」ではなく、「多重比較のため、たまたまそう見えた」という意見のようだ。つまり、「いろんな食べ物について有意差検定を行ったんで、偶然にそういう結果が出るものもあるだろう」ってことか。ギリシャの研究では、促進であれ抑制であれ肝細胞癌に関連する食べ物はなかったという結果であった。

なお、「milk hepatocellular carcinoma cohort」(牛乳、肝細胞癌、コホート)だと該当論文なし。食事と発癌のコホート研究はたくさんなされている。キーワードを工夫して探せばもしかしたら論文はあるのかもしれないが、おそらくは単独で論文にするほど牛乳と肝癌に強い関係はないってことだろう。

WCRF(World Cancer Research Fund 世界癌研究基金)のサイトで検索したところ、牛乳および乳製品と肝癌の関係については記述なし。ちなみに、「牛乳は大腸癌のリスクをおそらく下げる」「牛乳は膀胱癌のリスクを下げる限定的な証拠がある」「牛乳と乳製品は前立腺癌のリスクを上げる限定的な証拠がある」とされていた*4






牛乳は大腸癌と膀胱癌のリスクを下げ、前立腺癌のリスクを上げるかもしれない


「牛乳は体に悪い」とするマクロビ系の主張があるけど根拠に乏しい。いったいどういうわけだか、少しは関係ありそうな前立腺がんではなく、乳がんとの関係が主張されることが多い。


*1:■Food groups and risk of hepatocellular carcinom... [Int J Cancer. 2006] - PubMed - NCBI

*2:たとえば、所得が少ない層ではミルクやヨーグルトや白身肉や卵をあまり食べず、同時に所得が少ない層では「食事と関連しない急性・非悪性疾患のための入院」が多い、など

*3:■Diet and hepatocellular carcinoma: a case-contro... [Nutr Cancer. 2000] - PubMed - NCBI

*4:URL:http://www.dietandcancerreport.org/cancer_resource_center/downloads/chapters/Ch4.4-4.11_Foods_and_drinks.pdf