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「集団寄与危険割合」って何?疫学指標まとめ。

疫学指標はたくさんあってややこしい。相対危険、寄与危険ぐらいまではおぼろげながら理解しているつもりだけど、「集団寄与危険割合(人口寄与危険割合)」とは何か、と聞かれてもすぐには出てこない。

私がアンチョコにしているのは、「基礎から学ぶ楽しい疫学 第2版」の表。数式ではなく、具体的な数字で示されているのでわかりやすいと思う。





「基礎から学ぶ楽しい疫学 第2版」より引用


相対危険(relative risk)が一番目にすることが多い指標であろう。「タバコを吸っている人は肺癌になる確率が5倍である」というやつ。タバコと肺癌に相関関係がないなら相対危険は1になるし、タバコを吸う人が肺癌になりにくい場合は相対危険は1より小さくなる。

寄与危険(attributable risk)は「曝露群と非曝露群の疾病頻度の差」をいう。私の理解では、個人がある特定の曝露を避けるかどうかを判断するには、相対危険より寄与危険のほうが適切な指標である。例(仮想データ)を挙げよう。



全癌のリスク因子である曝露Aと、白血病のリスク因子である曝露Bがあるとする*1。曝露A群では全癌による死亡が480(10万人年対)であるのに対し、非曝露A群では300(10万人年対)だとする。この場合、相対危険は480/300=1.6、寄与危険は480-300=180(10万人年対)である。

一方、曝露B群では白血病による死亡が30(10万人年対)であるのに対し、非曝露B群では5(10万人年対)だとする。この場合、相対危険は30/5=6、寄与危険は30-5=25(10万人年対)である。

癌による死亡も白血病による死亡も同じぐらい嫌で*2、なおかつ曝露Aを避けるのも曝露Bを避けるのもどちらも同じくらいのコストがかかるとしよう。曝露Aと曝露B、どちらをまず避けるのが合理的か?




他の条件が同じなら曝露Aと曝露Bのどちらをまず避けるべき?



相対危険だけを見たら、曝露Bが白血病による死亡を6倍にする一方で、曝露Aは全癌の死亡を1.6倍にしかしないので、曝露Aよりも先に曝露Bを避けるほうがいいような気がする。

しかし、白血病で死ぬ確率はもともと少ない一方で、全癌で死ぬ確率は高い。もともと少ないものが6倍になったところで、曝露Bによって余計に死ぬのは10万人に25人だけ(1年あたり)。一方で、曝露Aによって余計に死ぬのは10万人に180人だ(1年あたり)。私なら曝露Aをまず避ける。

寄与危険割合(attributable risk percent)は「曝露群の疾病頻度のうちで、真に曝露によって増加した部分の占める割合」をいう。喫煙と肺癌死の関係でいうなら、喫煙者の肺癌死のうち喫煙のせいで発生した肺癌死の割合。あとから出てくる集団寄与危険割合は、一般集団の肺癌死のうち喫煙のせいで発生した肺癌死の割合だから混同しないように。

ここまでは、一般人口中の曝露群の割合とは無関係な指標である。喫煙率*3が10%であろうと80%であろうと、相対危険や寄与危険は変わらない。しかし、以下の集団寄与危険と集団寄与危険割合は変わってくる。

集団寄与危険(または人口寄与危険/population attributable risk)は、「一般集団における曝露によって増加した疾病頻度」のことである。一般人口中の曝露群の割合が小さいと集団寄与危険も小さくなる。

集団寄与危険割合(または人口寄与危険割合/population attributable risk percent)は、「一般集団における疾病頻度のうち、集団寄与危険が占める割合」のこと。喫煙と肺癌死の関係でいうと、一般集団の肺癌死のうち喫煙のせいで発生した肺癌死の割合。■武田邦彦氏が死亡者中の喫煙者の割合と誤認したのがこれ。一般人口中の曝露群の割合が小さいと集団寄与危険割合も小さくなる。

日本人男性の喫煙率はどんどん下がっているので、集団寄与危険も集団寄与危険割合も下がっているであろう。仮に喫煙率が0%になったら、集団寄与危険も集団寄与危険割合もゼロになる。

私の理解では、集団寄与危険は個人のリスク選択には役に立たないが公衆衛生における政策決定の役には立つ。喫煙率が5%の世界でも70%の世界でも、個人がタバコを吸ったときのリスクは同じだ。しかし政策決定者は違う。他の条件が同じなら集団寄与危険の高いリスクから対策をすべきである。たとえば、喫煙率が0.01%の世界なら、たばこ政策の優先順位は低くなる。


*1:ここでは因果関係の存在を前提とする

*2:白血病は若くて死ぬから嫌とか、治療がきついから嫌とかそういう要素は無視する

*3:正確には「喫煙率」ではなく「喫煙割合」としなければならないらしい