NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「井上俊彦のメディカル・イーティング」に学ぶ情報商材のノウハウ

いわゆる「情報商材」であるが、■癌が改善されなければ全額返金!井上俊彦のメディカル・イーティング(ガン篇)〜癌克服への道〜*1を読んでみて、たいそう感心した。「ガン患者専用の食事療法」を約3万円を販売しているのだが、普通に考えれば、こんな怪しいものは誰も買わない。しかし、こうしてページをつくっているところからみて、購入する人もそれなりにいると推測できる。どのような工夫がなされているのか、考察してみた。

断言する

力強い断言に消費者は心ひかれる。標準的な医療を行う立場からは、なかなか断言できない。悪化する可能性についても医師は説明する義務を負っている。標準的医療との差別化を図るには、断定的な説明が有効なのだ。




断言します!

「ニセ科学は断言してくれる」と菊池誠は指摘した(■ 視点・論点「まん延するニセ科学」 - うしとみ!)。心地よいニセ科学の断言に魅かれてしまう人が、情報商材のターゲットなのだ。「エビデンスがあるなら論文ぐらい示せよ」と突っ込むような人たちのことは無視してもよい。


だけど、言質は取られないように

断言することで説得力が増すと言っても、100%治ると断言してしまえば、効果がなかったときに言い訳に困る。「ほとんどの方を改善へと導いております」と言っておけば、効果がなかった場合でも、「残念なことに100%治すことはできません」と言い訳できる。




100%は挑戦しているだけ



ガンが改善されなければ全額返金




ガンが改善されなければ全額返金

「井上俊彦のメディカル・イーティング」では、「ガンが改善されなければ全額返金」を謳っている。これは「改善すれば儲けもの。改善しなくても少なくともお金は戻ってくる」という消費者の心理を突いたものであろう。癌を治せるという自信のあらわれと解釈してくれる人もいるかもしれない。もちろん、こういう人たちがターゲットである。普段は合理的な判断ができるような人でも、自分や家族が癌に罹ってしまったときには冷静になれないものだ。

冷静に考えれば、「回復の兆しの定義があいまいなので、ちょっとしたことを回復の兆しとみなして返金に応じないかもしれない」「食材を購入した際のレシート類を実践後3ヶ月分用意せよとあるが、実際に3ヶ月分もレシートを保存しておくのは面倒であり、返金請求する人は少ないのかもしれない」「レシートの内容から、食材について難癖をつけるかもしれない。現代社会で厳密なマクロビ食は困難だ」「標準治療との併用で一時的に回復する分も見込んでいるのかも」「情報商材を購入し、面倒な食餌療法を行うことによって、購入者は認知的不協和を軽減するために、改善効果ありと判断するバイアスがかかる」などなど、突っ込みどころは多数あるのだが。


体験談は捏造でOK

症例報告ならまだしも、体験談は事実であってすら、ある特定の療法が効くという証拠にならないが*2、商品を売るという目的からすると、そもそもが体験談が事実である必要すらない。体験談を語る人の名前や年齢や顔写真も捏造可能であり、その体験談が事実である証明にはならないが、そういうことに気付かない人がターゲットなのだ。医学に詳しい人がみたら、捏造か、それでなくても正確さに著しく疑問があるとわかるような体験談でもかまわない。たとえば、このようなもの。




人工肛門が外せるほど回復。

20代後半になって便秘がさらにひどくなり、
血便が出るので痔かと思い病院に行ったら
医者から直腸ガンと言われガク然としました。
その後、人工肛門を入れることになってしまいましたが、
食生活を変えないとまた再発すると言われ、
たまたま知人を通して知った井上先生の指導を受けることになったわけです。
(井上先生、その節はたいへんお世話になり有り難うございました)
食餌療法を始めてから1年くらい経つと、人工肛門を外してよいほど良くなり、こんなことは前例がないと医者にも驚かれました。


人工肛門がどのようなもので、なぜ直腸癌の術後に人工肛門が必要なのかを知らない素人が適当に体験談を書いたらこうなる。人工肛門を造設する場合、一時的なものと永久的なものとがある。一時的人工肛門造設の場合は、肛門を温存し、数ヶ月後に人工肛門を閉じる2回目の手術を行う。上記引用した体験談は、一時的人工肛門ではないと思われる。なぜなら、「こんなことは前例がないと医者にも驚かれました」とあるからだ。一時的人工肛門を閉じたのであれば、前例がないどころか、初めから予定されていた通りの経過である。驚く要素はない。

永久的人工肛門から離脱できたとなると、なるほど、これは前例がないと言えるだろう*3。永久的人工肛門をつくるような直腸癌の手術では、肛門ごと切除される。いったい、どうなったら「人工肛門を外してよいほど良く」なったと判断できるのか、想像できない。肛門が再生したとでもいうのだろうか。どれくらい信じられないレベルかというと、たとえて言うなら、


交通事故で右足を失い義足となってしまいましたが、食餌療法を始めてから1年くらい経つと、義足を外してよいほど良くなり、こんなことは前例がないと医者にも驚かれました


というのと同等である。「人工肛門を外してよいほど良く」なった症例を診た医師は是非とも報告すべきである。報告先は、医学雑誌ではなく、バチカンだ。


正しい情報も混ぜる




間違った情報を鵜呑みにすると危険


正しい。



まとめ

病気を治すと謳う情報商材の類はすべてインチキとみなしてよい。その「情報」とやらが、十分に検証され、確かに効果があると証明されているものであれば、高い金を出して買わなくてもアクセス可能である。論文や公的なガイドラインとして発表されている。その「情報」が門外不出で、よそでは手に入らないものだとしよう。では、その「情報」が正しいと誰が保証しているのか?自然治癒能力促進協会とやらが関わった患者は何人で、癌の種類や進行度はどれくらいで、治ったのは何人なのか、発表されていなければ検証しようがない。高い効果があると自称しているが第三者から検証されていない情報も、別に高い金を出さなくても、そこらじゅうに転がっている。医療系の情報商材は何らかの規制が必要だと私は考える。というか、「私が指導する病状別の食事法を続けるだけでほとんどの方を改善へと導いております」というのはアウトにならないのか?

効果がないと自覚しながら情報商材を売りつけるのは悪ではあるが、それ以上に、効果があると信じていながら情報商材を売りつけるのは極悪である。情報を公開し、第三者が検証し、効果があると認められれば、世界中でかの食餌療法が使用され、世界中の人たちが「糖尿病、C型・B型肝炎、エイズなどの感染症、さらに白内障、膠原病、脳梗塞・動脈硬化といった循環器系疾患まで」、ほとんどの人が改善するのである。世界中の患者さんの健康と引き換えに小銭を稼ぐ以上の悪があるだろうか。


*1:URL:http://medicaleating.com/ 運営責任者 池内俊介 インフォスマイルドットジェーピー事業部 本エントリの画像はこのサイトからの引用である

*2:■「癌が治った」という体験談はどこまで信頼できるか

*3:きわめて例外的に、肛門を再建する術式(URL:http://www.geocities.co.jp/Beautycare-Venus/5601/forostomates.html)もあるにはあるのだが、外科医の技量の問題であり、これは食餌療法とは無関係である