NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「進化の存在証明」

ドーキンスの新刊の進化の存在証明coverを読み終えた。垂水雄二訳。巻頭に30ページ以上のカラー口絵がついている。本屋で見かけたら、口絵の部分だけでもざっと見るべき。私のお勧めは、シファカ(マダガスカルのサル)のダンス。


[f:id:NATROM:20100104160900j:image]

シファカのダンス


さて、本の内容はタイトル「進化の存在証明」そのまんま。さまざまな証拠を提示しつつ生物進化が事実であることを示している。科学について少しでももののわかった人ならば生物進化を疑ったりはしないが、それにも関わらずドーキンスがこの本を書いたのは、もちろん、主に宗教的な理由で進化を信じない人たちが少なからず存在するからである。残念なことに、一番この本を読まなければならない人たちのほとんどは、これほどのボリュームのある本は読まないだろう。かような本を読むだけの能力があれば、それほど簡単に進化論否定にはまったりしない。



[f:id:NATROM:20100104211717j:image]

お手軽に読めるという厚さではない


想定読者は反進化論者ではなく、別に進化を否定はしていないがもうちょっと詳しく知りたいと思っているような人たちなのだろう。他の科学の分野と同じく、進化生物学は驚きに満ちており、知的好奇心を刺激してくれる。化石証拠の「ミッシンクリンク」については第6章および、特に人類化石は第7章で述べられる。第9章と第10章では、たとえ化石がまったく残っていなかったとしても、現生種の地理的分布や比較によって、進化が起こった証拠として十分であることが示される。第11章「私たちのいたるところに記された歴史」では、生物の体の「設計」が系統発生に伴う制約を受けていることを扱う。

総論としては、目新しい主張はない。中間種についての説明はもはやFAQと言えるし、現生種の地理的分布や比較は、ダーウィンからして「種の起源」で述べている。系統発生に伴う歴史的な制約については、スティーブン・J・グールドの「パンダの親指」というエッセイが有名だ。だいたいが、生物進化は100年以上も前に科学者の間では受け入れられていたわけで、いまさら新しい証拠は必要ない。だけれども、より詳しく知りたいという科学者の欲求によって、進化生物学に関する知見は現在も更新され続けてきている。「進化の存在証明」では、最新の知見も取り入れている。

P266にて、鰭脚類(アザラシ、アシカ、セイウチ類)の進化の空白を埋める「新しい化石が見つかった」ニュースについて述べられているが、これはNature誌の2009年の4月23日号*1のことである。P275の追記では、「2009年5月19日、この本の校正をしているときに、キツネザルに近い霊長類と真猿類に近い霊長類のあいだの「ミッシング・リンク」がオンライン科学雑誌PLOS Oneに報告された」とある。アマゾンを見てみたら、原著は2009年9月22日発売だった。訳書の発行日は2009年11月25日。垂水雄二が2ヶ月でやってくれました。他のドーキンスの本も早く訳して欲しい*2


*1:Rybczynski et al., A semi-aquatic Arctic mammalian carnivore from the Miocene epoch and origin of Pinnipedia, Nature 458, 1021-1024 (2009)

*2:原著を読めって?ごもっとも。でも、私が原著を買って読み始めたときに限って、すぐに訳本が出版されるのだ