NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

日本語で書かれた教科書も理解できない大学教員

2017年11月に九州大学馬出キャンパスで行われた「福島小児甲状腺がん多発問題」に関する科学技術社会論学会の自由集会*1に参加させていただいた。集会に先立って、富山大学の林衛氏とやり取りする機会があった*2。林衛氏は、LDLコレステロールが動脈硬化性心疾患の原因であり、スタチンはそれを予防するという標準的な学説に否定的な「論文」を書いておられる*3。その根拠を尋ねてみたのだが、林衛氏は一次文献を読んでいないらしいことが判明した。教科書も読まなかったのかと尋ねたところ、お勧めの教科書を聞かれたので『ハリソン内科学』を勧めた。『ハリソン内科学』は内科学の定番の教科書で原著は英語で書かれているが日本語訳が出ている。結果から言うと、日本語で書かれた教科書でも林衛氏にご理解していただけることはなかった。以下、林衛氏のツイートを引用する。

スタチンの強力な脂質低下作用と多面的作用は,心不全のない患者群において主要な心血管イベントを減少させ生命予後を改善する」という部分は読んでいただけなかったらしい。「心不全の背景疾患としての冠動脈疾患進展の治療にスタチンが必要ならば,使用すべきである」という部分もだ。脂質低下が主な作用であるスタチンが、脂質が関与しない動脈硬化以外(弁膜症や心筋症など)による心不全に効果がなくても不思議ではない*4。『ハリソン内科学』のこの記述は「LDLコレステロールが動脈硬化性心疾患の原因であり、スタチンはそれを予防する」という学説とは矛盾しない。


『ハリソン内科学』におけるスタチンやLDLコレステロールの記述

■ニセ医学に騙されているのに境界線上の事例を検討できようかでも述べたように、少しぐらいコレステロールが高くても心血管リスクが小さい場合、薬を使うべきかどうか微妙な場合もありうる。しかしながら、幼少期からLDLコレステロールが高い家族性コレステロール血症や動脈硬化性心疾患を既に発症した人、糖尿病や慢性腎臓病がある心血管リスクの高い人に対するスタチンの有用性は確立されている。

『ハリソン内科学』において「心筋梗塞の危険因子にアテローム性動脈硬化はあげているが、コレステロールは慎重にはずすようになった」と林衛氏は書いているが誤りである*5。いったいどこを読んで「慎重にはずすようになった」と林衛氏が思い込んだのか不明だ。アテローム性動脈硬化の主要なリスク因子としてLDL高値は記載されているし、冠動脈疾患のリスク因子として脂質異常症は複数のページで触れられているし、もちろん治療の第一選択はスタチンだ。





血漿LDL高値はアテローム性動脈硬化症の主要なリスク因子。『ハリソン内科学第5版』より引用。





脂質異常症の治療が中心となる。『ハリソン内科学第5版』より引用。





LDLコレステロール低下への介入が、総死亡、心筋梗塞、脳卒中といった心血管疾患を明らかに抑制するデータが豊富にある。『ハリソン内科学第5版』より引用。



他にも林衛氏の主張が間違っているところを『ハリソン内科学』から引用できるが、これぐらいにしよう。


林衛氏に科学リテラシーを教える資格があるのか

「教科書に書いてあるから正しい」とは私は主張していないことに注意していただきたい。仮の話として、林衛氏が教科書の記述を正確に理解した上で「標準的な学説ではLDLコレステロールが動脈硬化性心疾患の原因だとされているが、○○という理由で私は反対する」と主張したのであれば、有意義な議論ができたかもしれない。あるいはコレステロールが動脈硬化性心疾患の原因であること、スタチンがそれを予防することを踏まえた上で、どの程度のリスクがあれば薬物療法を開始するべきかという論点で議論ができたかもしれない。しかしながら林衛氏は、そもそも日本語で書かれていても教科書の内容を理解できなかったのである。有意義な議論をするためのスタート地点にすら立てていない。

林衛氏のやり方は、「コレステロールは心疾患の原因ではない。スタチンには効果はない」という結論がまずありきで、その結論に合うように見える部分を探して抜き出すだけである。だから、教科書が書いていないことを読み取ってしまうのだ。林衛氏とやり取りすると、常にこの「言ってもいないことを言ったとされてしまう問題」に悩まされる。本質的な議論に至る前に「そうは書かれていない」「そうは言っていない」というやり取りで終わってしまう。

林衛氏が単なる一人のTwitterユーザーであればいちいちこうしたエントリーを書かない。しかし、林衛氏は富山大学の教員の一人であり、科学コミュニケーションや科学リテラシーの講義を行っているのだ。いったい学生に何を教えているのだろうか。また、科学技術社会論学会年次研究大会ではオーガナイザーを務めている。どの分野にもこうした人はいるが、たとえば近藤誠氏が日本癌学会学術総会において座長を務めるようなことがあった場合、必ず批判が巻き起こるであろう。科学技術社会論の分野ではメンバー間で相互批判は行われないのだろうか。

コレステロールと心血管疾患の因果関係、および、スタチンの臨床における有効性については、多くの研究があり確立された事実であるが、それを理解するには疫学についての知識が必要である。低線量被ばくと甲状腺がんの因果関係、および、甲状腺がん検診の臨床における有効性について理解するためにもまた、疫学の知識が必要だ。教科書にも載るような基礎的な事例すらろくに理解する能力のない人が福島県の事例を果たして理解できるだろうか。


*1:https://www.facebook.com/events/135058797059461/

*2:私が何度も「私と林衛さんとのやり取りの部分だけでもメールを公開してもよろしいでしょうか」と要望するも林衛氏の同意が得られないため公開できない

*3:■コレステロール大論争で科学リテラシーを学ぼう

*4:細かいことを言えば、スタチンの多面的作用が虚血を伴わない心不全にも有効かもしれないという議論はある。『ハリソン内科学』の記述はそうした議論を踏まえている

*5:https://twitter.com/SciCom_hayashi/status/929358778834628608

HPVワクチンの「重篤な有害事象」7%は高すぎるか?

医療情報を吟味し伝える活動を行うコクランがHPVワクチンのレビューを発表した。各新聞社が伝え、また、コクランの日本支部による日本語訳も読める。



■英民間組織:HPVワクチン「深刻な副反応の証拠なし」 - 毎日新聞
■子宮頸がんワクチン、「前がん病変」予防効果は高い…国際研究グループ : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)
■子宮頸がんおよび前がん性病変の予防を目的とするヒトパピローマウイルスに対する予防的ワクチン接種 | Cochrane



さまざまな論点があるが、今回は、HPVワクチンの重篤な有害事象が約7%である点を主に論じる。7%と聞くと不安に感じる人もいても当然であろう。HPVワクチンに子宮頸がんの前がん病変を減らすという利益(今回のコクランのレビューによればだいたい1万人中百何十人、パーセントに換算すると1%強)があるにしても、7%という重篤な有害事象の害と引き合わないのではないかと考える人もいるかもしれない。ただ、おそらくはほとんどのワクチンの専門家は、7%という数字を、まったく無視できるというわけではないのもの、それほど驚くような数字ではないと考えているだろう。それはなぜかという解説を試みたい。


有害事象と副作用は異なる

まずはおさらい。有害事象と副作用は異なる。もともとのコクランの記事自体に混乱がある*1が、7%というのは重篤な有害事象のことである。有害事象は因果関係の有無を問わない一方で、副作用は因果関係を否定できないものを指すという定義が一般的である。






「有害事象(治験薬を投与された被験者に生じたすべての好ましくない又は意図しない疾病又はその徴候)」

「副作用(少なくとも合理的な可能性があり、因果関係を否定できない)」

■有害事象より引用



よく引き合いにだされるたとえとして、ワクチン接種後に交通事故に遭っても有害事象として数えられる。ワクチンと無関係であろうと思われても、とにかく記録をしておかないと後から検証ができない。「いくらなんでも交通事故とワクチンは無関係だろう」「いやいや、ワクチンのせいでふらつきが起こって交通事故に遭ったという可能性が否定できない」なんて議論をする前に、とにかく、有害事象は記録することになっている。


対照群と比較して重篤な有害事象の頻度に差はない

当然のことながら、因果関係が否定できない副作用よりも、因果関係を問わない有害事象のほうが多くなる。ワクチンを否定したい人たちによって「こんなにも高頻度で有害事象が起こっている!ワクチン危険!ワクチン反対!」といった主張にしばしば利用される。有害事象と副作用の区別がつかないか、あるいは、区別がついていても意図的に無視して煽っているのかのどちらかであろう。

ただ、今回はそういう安易なワクチン反対者以外からも「いくらなんでも7%というのは高すぎるのではないか」という懐疑的な意見が出ている。当然である。ただ、この懐疑に答えるのはいくつか段階を踏まねばならない。

まず、ワクチンの使用後に起きた有害事象のうち、どれぐらいがワクチンと無関係で、どれぐらいがワクチンのせいなのか、どうやったら区別できるだろうか。それは、ワクチンを打った群と、打ってない対照群を比較すればいい。ワクチンのせいでふらついて交通事故に遭う確率が高くなっていれば、対照群と比較して、ワクチン群で交通事故の報告数が多くなるはずである(加えて、ふらつきや転倒といった関連する有害事象もワクチン群で多くなる)。

今回のコクランのレビューでは、すでにそのような比較がなされており、「重篤な有害事象の発現リスクは、HPVワクチン接種群と対照群(プラセボまたはHPV以外の感染症に対するワクチンを接種)とで同等であった(確実性は高い)」と結論付けられている。対照群にも有害事象は7%ほど起きているので、HPVワクチンとの因果関係は認められないというわけだ。比較試験で差がつきにくいほどの稀な(たとえば10万人に1人とか)副作用までは否定できないが、少なくとも7%も重篤な副作用が起きていることは否定できる。

「他のワクチンでもこんなに重篤な有害事象が起きているのか」という疑問も出されているが、たとえば、タイで行われたHIVワクチンの臨床試験では、3.5年間の観察期間中、ワクチン群で14.3%、プラセボ群で14.9%の重篤な有害事象があった*2


生理食塩水を対照にしないのには理由がある

次に問題になるのが、対照群が適切であったかどうかである。HPVワクチンの比較試験の多くでは、対照群は生理食塩水などの非活性プラセボではなく、アジュバントや他のワクチンを接種されている。アジュバントとは、ワクチンの効果を高めるために使われる薬剤のことだ。

HPVワクチンの反対者の主張の一つに、アジュバントこそが悪者でありさまざまな副作用の原因だ、というものがある*3。彼らの主張によれば、対照群にもアジュバントが打たれているがゆえに比較試験で差が出ないというのだ。対照群に7%もの重篤な有害事象が生じることこそが、その証拠であるとも。タイで行われたHIVワクチンの臨床試験も対照群にはアジュバント(aluminum hydroxide gel adjuvant)が接種されている。

対照群に非活性プラセボを使わない理由は、盲検が破れてしまうことと、対照群の不利益を考慮した倫理的なものである。HPVワクチンを接種した直後は接種部位に局所的な痛みや炎症が生じる。対照群が生理食塩水だとこうした痛みや炎症が生じにくいのでHPVワクチン群か対照群かが気づかれてしまい、試験の妥当性が落ちる。また、臨床試験に参加していただくからにはなるべく不利益にならないよう、対照群に対し安全性や効果がわかっているワクチン(A型肝炎ワクチンが採用されていることが多い)を接種する場合もある。


アジュバントなしの対照群でも重篤な有害事象の頻度はワクチン群と変わらない

そもそも、アジュバントなしと比較した臨床試験は存在する。それも日本の研究だ*4。20歳から25歳までの日本人女性を、HPVワクチン群と対照群にランダムに振り分けて24ヶ月間観察したところ、HPVワクチン群で3.5%(18人/519人)、対照群で3.6%(19人/521人)の重篤な有害事象を認めた。対照群はA型肝炎ワクチン(Aimmuge/エイムゲン)を接種されているがアジュバントを含有していない*5

A型肝炎ワクチンは長年使用されてきた実績があり安全性はおおむねわかっている。被験者がそれぞれの群で500人程度であるので稀な副作用が生じるかどうかはこの試験ではわからないが*6、少なくとも、HPVワクチンの対象となりうる女性においてアジュバントを含有していない安全とされているワクチンでも重篤な有害事象が数%は起こってもおかしくないことはわかる。

24ヶ月間(2年間)観察して3.5%の重篤な有害事象が起こるのであれば、4年間も観察すれば7%も不思議ではない。コクランのレビューは「0.5〜7年にわたってワクチンの安全性を評価」した結果である。ワクチンの専門家がHPVワクチンの重篤な有害事象の頻度7%を、それほど問題視していない理由をご理解いただけただろうか。


病気を数えるのは難しいし、しばしば直観に反する

疾患や異常の数を正確に数えるのは思いのほか難しい。つい最近、インフルエンザの治療薬であるタミフルの10歳台への使用制限が解除されたとの報道があったが、タミフルの異常行動が問題になった10年前も、専門家と一般の人たちの間で認識の違いがみられた。タミフル服用後の異常行動が広く報じられると、タミフルと因果関係があろうとなかろうと同じような事例が次々に報告される。タミフルを使用しなくてもインフルエンザ単独で異常行動は生じうるというのが専門家の認識である一方で、そのような異常行動は聞いたことがない、きっとタミフルのせいに違いないと認識した人たちもいただろう。

疾患や異常への認識、見つけようとする熱意、検査手段によって、発見される疾患や異常の数は変わる。疾患概念がなかったころはしつけが悪い困った子とみなされていたのが発達障害と診断されるようになる。検査機器の性能の改善や検診機会が増えただけで甲状腺がんの患者数が増加する。頭部CTがなかったころは老衰として対処されていたが脳血管障害として診断・治療されるようになる。HPVワクチンの臨床試験における高い有害事象頻度もその一つと言える。

私もたまに治験に協力することがある。私が関わるのは病院に定期的に通院しているような患者さんを対象にした治験だ。むろん重篤な肝障害とか腎障害とか進行がんの治療中とかいう患者さんは除外されるが、高血圧や脂質異常症があるのは普通であるし、おおむね高齢だ。そういう患者さんはフォローアップ中に、風邪を引いたり、湿疹が生じたり、転んで骨折したり、肺炎になったり、がんが新たに発見されたりする。これらはぜんぶ有害事象として報告されなければならない。

正直言うと、とても面倒くさい。書類を書いても直接の私の利益にはならない(病院の収入にはなる)が、正確な情報が正確な結果を生み、将来の患者さんのためになると思って協力している。報告漏れや記載漏れがないよう、治験コーディネーターと言われる職種の方々が手伝ってくれる。私の経験の範囲内だが、治験コーディネーターさんはきわめて厳密で正確な報告を要求してくる。たぶん、こうした職種の関与がなかったころは、医師が手を抜いて報告されていなかったような有害事象があっただろう。プラセボ群の高い有害事象頻度は、プラセボが有害である可能性の他に、漏れのない質の高い有害事象の調査が行われていることも示しているのではなかろうか。

完全に余談であるが、治験コーディネータが不適切に描写されたとして日本臨床薬理学会が抗議文*7を出したテレビドラマについての感想を治験コーディネーターさんに聞いてみたところ、「加藤綾子なにしてくれとるんじゃあ」とのことであった(加藤綾子はドラマに登場する治験コーディネーターに相当する役を演じる女優)。


HPVワクチンのこれから

コクランのレビューはきわめて信頼性が高いが無謬というわけではない。今後、結論が覆される可能性はゼロではない。また、今回のレビューで示されたのは重篤な有害事象の全体がプラセボ群と差がないことであって、特異的で稀な副作用が存在しないことは示されていない*8。HPVワクチンの効果についても示されたのは前がん病変の予防までであって、浸潤子宮頸がんの発症やがん死の抑制はまだ示されていない。これらの未解決の問題は今後も検証が必要だ。

一方で、現在わかってる知見からは、HPVワクチンの利益は害より勝ると考えられている。前がん病変を減らすなら浸潤子宮頸がんやがん死も減らすだろうというのはきわめて合理的な推測だし、検診を受けるつもりならHPV感染や前がん病変を減らすことだけでも利益になる*9。害についても、稀な副作用は否定できないものの、これまで使用されてきたワクチンと比較して【著しく】危険だとは言えないことはわかっている。

HPVワクチンの反対者はしばしば、「根拠に基づいてHPVワクチン批判をしているだけであってワクチン全体を否定はしていない。反ワクチンとレッテルを貼るな」などと言う。むろん、反ワクチンというレッテルが不適切な場合もあるだろう。しかしながら、HPVワクチンの反対者の一部には、やはり反ワクチンとしか言いようのない主張がみられる。有害事象と副作用の区別もつけずにHPVワクチンを危険だと主張する。コクランは買収されたので信頼できないという一方で、反ワクチンサイトの主張を鵜呑みにする。

HPVワクチンを批判するなら根拠に基づいて批判していただきたい。


*1:"The evidence also shows that the vaccine does not appear to increase the risk of serious side effects which was about 7% in both HPV vaccinated or control groups." http://www.cochrane.org/news/does-hpv-vaccination-prevent-development-cervical-cancer-are-there-harms-associated-being 。当初、日本の報道機関が誤訳したのかと思っていた。疑ってすまんかった。

*2:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22205930

*3:彼らの主張によればHPVワクチン以外の、アジュバントを含む他のワクチンも危険だということになってしまい、容易に反ワクチンにつながる。

*4:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20606533

*5:https://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/36/419/graph/dt41981.gif

*6:この試験【だけ】では1000人に1人の副作用もわからない

*7:■プレスリリース|株式会社TBSテレビに対する見解送付のお知らせ:日本臨床薬理学会

*8:重篤な有害事象を全部漏れなく数え上げると、特異的で稀な副作用が「背景に埋もれて」見えにくくなるかもしれない。「内訳」の解析は必要だ。そして、得てして製薬会社は詳細な情報を出すことに消極的なので、ケツを叩く必要がある。一方で、多くの種類の「副作用」についてそれぞれ検定するとタイプ1エラーが生じる。疑わしい副作用をピックアップして観察研究で検証する、といった作業が必要だろう。というかそういう作業は現在も進行中で、今のところは、HPVワクチンと因果関係のある特異的かつ重篤な副作用は認められていない、と私は理解している。

*9:検診回数や円錐切除術といった侵襲性のある治療を減らせるため

『健康を食い物にするメディアたち ネット時代の医療情報との付き合い方』


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■健康を食い物にするメディアたち ネット時代の医療情報との付き合い方 朽木 誠一郎 (著)



私は「WELQ問題」にぜんぜん気づいていなかった。WELQ問題とは、「一部上場企業のディー・エヌ・エーが、グーグルなどの検索エンジンを攻略し、ウソや不正確な情報を、検索結果上位に大量に表示させていたことが発覚したもの」(P11)だ。私は日常的に医学用語で検索しており、WELQが上位に表示された検索結果もきっと目にしていたはずなのだが、おそらく意識せずに無視していたのであろう。ネット上の医学情報は玉石混交だが、慣れると検索結果を一瞥すれば、信頼できそうかある程度は判断できる。しかし、必ずしも患者さんも同じように判断できると限らない。

WELQは長文の記事を大量に公開する方法で検索上位を獲得していた。検索上位に不正確な情報が大量に表示されていれば、それを信用してしまう患者さんもいるだろう。このWELQ問題を最初に指摘した*1のが、本書『健康を食い物にするメディアたち ネット時代の医療情報との付き合い方』の著者である朽木誠一郎さんだ。

『WELQ問題を指摘するためには、「健康についての情報がウソや不正確なものであること」と「その情報を上位に表示させるテクニックに問題があること」の両方を理解している必要』がある(P11)。著書の朽木さんは、医学部を卒業後、医師にはならずにネットメディアのライターになられた。その経験がWELQ問題にいち早く気づき、指摘することにつながったのであろう。複数の分野をつなぐ、ある意味学際的な役割を果たしたのだと言える。

朽木さんの指摘の後のネットメディアの反応は早かった。私もささやかながら■ネットの“ニセ医学”に要注意! 自衛手段を現役の医師に聞いてみた - トゥギャッチという記事に協力させていただいた。近藤誠氏のような問題のある医師を批判することがあまりない医療業界とはえらい違いである。WELQ運営は「自分たちはプラットフォームである」「情報発信はユーザーが勝手にやったものである」として批判をかわそうとしたが、外部ライターに記事の書き方を支持するマニュアルもあったことがバズフィード・ジャパンのスクープで明らかになった(P79-80)。これらの指摘をうけて2016年末にディー・エヌ・エーはWELQの全記事を非公開とし、責任者が会見で謝罪するに至った。朽木さんの指摘からほんの3ヶ月間程度である。詳しくは本書を参照していただきたい。

もちろん、WELQが閉鎖したからといってネット上の医療情報の問題が解決したわけではない。「本当の戦いはWELQの後」(P92)である。WELQ後にも不正確な医療情報を含むページが上位に表示されていた。しかし、グーグルのアップデートによってそうしたページは順位を落とすなど、少しずつ改善はしている。インターネットの自浄作用は確かにあると感じる。

とはいえ、ネット上から不正確な医療情報を撲滅することはできない。また、仮に可能だとしても撲滅すべきではない。多様な情報にアクセスできることもネットの価値の一つであるからだ。そのネット上の多様な医療情報のうち、信頼性のあるものの見分け方、声の上げ方の提案も本書でなされている。まさしく副題にあるように「ネット時代の医療情報との付き合い方」についての本である。