NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

クリニックで行われた臍帯血投与に意味がない理由

無届けで臍帯血(さいたいけつ)の投与を行ったとして、医師を含む6人が逮捕されるというニュースがあった。



■さい帯血無届け投与、販売業者や医師ら6人逮捕 : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)



がんの治療や美容目的で臍帯血の投与が行われていたという。該当するクリニックで行われていた臍帯血の投与は、医学的には意味がない。意味がないというか、意味がわからない。よくある細胞免疫療法は、少なくとも理論上は効くかもしれないと思えるようなものであるが、臍帯血については逮捕された医師がいったい何を期待していたのか見当がつかない。ぜんぜんわからずに雰囲気で臍帯血投与をやっていたとしか思えない。

臍帯血移植は標準医療である。大きなくくりでは、骨髄移植や末梢血幹細胞移植と同じく、造血幹細胞移植の一種である。たとえば、血液系の悪性腫瘍(がん)に対して臍帯血移植が行われている。しかし、そのメカニズムを知っていれば、がん患者にただ臍帯血を投与したところで何の効果もないことがわかる。

臍帯とはいわゆる「へその緒」である。このへその緒から採れた血液中にさまざまな血球に分化する能力を持った造血幹細胞が含まれている。血液系の悪性腫瘍に対し臍帯血移植を行う前に、まず抗がん剤や放射線治療によってがん細胞を叩く。しかし、こうした治療は副作用として正常な造血細胞にもダメージを与える。抗がん剤の副作用として白血球減少や血小板減少は有名である。

がん細胞に対して十分な治療を行ったところで臍帯血を移植すると、ドナーの造血幹細胞が増殖、分化して白血球や血小板を造りはじめる。つまり、治療によってダメージを受けた造血機能が回復する。臍帯血を移植することで思い切った治療が行えるわけだ。また、造血幹細胞由来の免疫細胞が残ったがん細胞に対して攻撃するという移植片対白血病効果(GVL効果)も期待できる。

臍帯血移植が効果を発揮するのはその前に抗がん剤治療や放射線療法を行うからであって、ただ臍帯血だけ入れても意味がない。レシピエントの免疫細胞が残っているので、逆に臍帯血由来の細胞は攻撃されて死に絶えるだけである。通常の臍帯血移植であれば、レシピエントの免疫細胞はほとんど残っていないので、臍帯血由来の細胞は生き残ることができる。

クリニックで行われた臍帯血移植において、移植された造血幹細胞が死に絶えてくれるならまだよい。臍帯血移植を含めた造血幹細胞移植には移植片対宿主病(GVHD)という副作用がある。移植された造血幹細胞由来の免疫細胞ががん細胞を攻撃するだけではなく、正常な組織も攻撃することによって起こる。運悪く移植片対宿主病が起きたとき、クリニックの医師は正しく対処できたであろうか。というか、移植片対宿主病の存在自体を知らないのではないか。知っていたら、生きている他人の造血幹細胞を外来で患者の体内に注入するなんて恐ろしいことはできない。

今回は、再生医療安全性確保法という法律があったため、こうして事件となった。しかし仮に法律がなかったとしても、入院設備のないクリニックががんの治療を目的として臍帯血投与を行うのは医学的に考えて容認できない。今回の事件は、単に法律上の手続きの不備に留まらず、医学的な観点において根本的に問題があった。

やっかいなのは、幹細胞さえ使用しなければ、同レベルのインチキ医療を規制する法律が存在しないことである。賢いクリニックではわざわざ臍帯血移植には手を出さず、もっと効率的に儲かる代替医療を提供している。長期的にはなんらかの法的な規制が行われるかもしれないが、現時点では、患者さんが各自騙されないよう気を付けるぐらいしか方法はなさそうである。