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因果推論の考え方を学ぶ。『「原因と結果」の経済学』


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■「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法 中室牧子 (著), 津川友介 (著)



相関関係があるからといって必ずしも因果関係があるとは限らない*1。テレビを長時間見ている子どもほど学力が低いとしても、テレビの視聴が低い学力の原因とは限らない。たとえば、テレビ視聴そのものは原因ではなく、長時間のテレビ視聴を許すような家庭環境が低い学力の真の原因なのかもしれない。

因果関係の有無を検証するのはしばしば困難である。テレビの視聴以外の、家庭環境を含め条件がすべて同一で、唯一の違いがテレビ視聴時間だけの子どもの学力を比較できればよいが、通常はそのような比較は難しい。十分な数の子どもたちをランダムに二群に分け、テレビの視聴時間を減らした介入群と視聴時間が変わらない対照群との間に学力に差が出るかどうかを比較するランダム化比較試験を行えばいいが、コストも時間もかかる。ランダム化比較試験ができない場合でも因果推論は可能である。本書では、テレビ視聴と学力の因果関係を「操作変数法」で検証した研究を紹介している。

操作変数とは「結果には直接影響を与えないが、原因に影響を与えることで、間接的に結果に影響を与える」ような第3の変数のことである(P115)。アメリカ合衆国においてテレビが普及しつつあった1948年から1952年までの期間、新規のテレビ放送免許の凍結が行われた。これを利用し、1948年以前からテレビを視聴できた群と1952年以降しかテレビを見ることができなかった群とを比較できる。この場合、操作変数は「テレビの所有」であり、「子供の学力」には直接影響を与えないが*2、「テレビの視聴」には影響を与える。この研究ではテレビを見ていた子どもたちのほうが、わずかであるが学力テストの成績が良かったことが示された。

書名に「経済学」とあるが、因果推論は経済学だけではなく医学の分野でも重要である。たとえば「喫煙は肺がんの原因かどうか?」という問いは因果推論そのものである。治療についても同様だ。「高血圧の患者は降圧薬を内服すべきか?」という問いは「降圧薬内服は良好な予後の原因かどうか?」という問いに変換できる。

本書では因果推論の方法として、ランダム化比較試験や操作変数法のほか、「差の差分析」「回帰不連続デザイン」「マッチング法」「重回帰分析」などが紹介されている。マッチング法と重回帰分析は医学の分野でもよく使われるが、そのほかの方法はあまり馴染みがない。操作変数法も医学の分野で馴染みがないと当初は思ったが、よく考えてみると、「メンデルランダム化解析」という手法は操作変数法であるように思う。今後、経済学での手法が分野を超え医学の分野でも応用されるようになるかもしれない(というか応用されているが私が知らないだけかもしれない)。


*1:本書では「相関関係」を「2つのことがらに関係があるものの、その2つは原因と結果の関係にないもの」という狭い意味で使用しているが、ここでは因果関係がある場合も含んだ広い意味での相関関係を指す

*2:当時、テレビを所有していたかどうかは、家庭環境などではなくテレビ放送されている地域に住んでいるかどうかでほとんど決まるため