NATROMのブログ

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がん検診の「見落とし」を数えるのは難しい

青森県のがん検診で患者の4割が見落し?

青森県における胃がん検診と大腸がん検診で患者の4割が見落とされていた可能性があるとNHKが報じた。



■胃がん・大腸がん 検診で“4割見落とされた可能性” 青森県 | NHKニュース


がんによる死亡率が12年連続で全国最悪の青森県は、がんの早期発見につなげようと胃がん、大腸がん、子宮頸がん、肺がん、乳がんの5つのがんについて、平成23年度に自治体によるがん検診を受けた県内10の町と村の住民延べ2万5000人を対象にその後の経過を調べました。

検診を受けて異常なしと判定されたのに1年以内にがんと診断された人を見落としの可能性があると定義し、その割合を調べたところ、検診の段階でがんを見落とされた可能性がある人はバリウムによるX線検査を行った胃がんで40%、便に含まれる血を調べる「便潜血検査」を行った大腸がんで42.9%、子宮の入り口の細胞を調べた子宮頸がんで28.6%に上ることを示す分析結果がまとまりました。



胃がん検診で見落としが40%は多いという印象で、記事内で専門家が指摘しているように検診の質に問題がある可能性はあるが、後述するようにがん検診の「見落とし」を数える方法は複数あり、詳細な情報がない限り明確なことはなんとも言えない。

「専門家によりますと、一般にがん検診では20%程度の見落としは許容範囲と考えられている」というのも、がん検診の種類にもよるので大雑把であるなあと思ったが、その辺りを正確に伝えるのは難しいのでこういう表現になるのは仕方がないのであろう。

ちなみに国立がんセンターのサイトによると、「X線検診の感度(がんのあるものをがんと正しく診断する精度)はおおむね70〜80%」*1、「便潜血検査免疫法の感度(大腸がんがある場合に便潜血検査が陽性となる確率)は対象とした病変の進行度や算出方法によってかなりの差があり、30.0〜92.9%」*2とある。つまり、一般的なX線による胃がん検診での「見落とし割合」は20〜30%、便潜血による大腸がん検診での「見落とし割合」は7.1%〜70%である。「相場」としてはこんなもの。

「見落とし割合」を調べる方法には直接法と追跡法がある

ここで、「見落とし割合」の定義を確認しておく*3。がん検診を受けると「陽性」か「陰性」かのどちらかの結果が出る。陽性の人がすべてがんというわけではなく、精密検査を受けて診断が確定する。陽性者のうち、本当にがんであった人は「真陽性」、がんでなかった人は「誤陽性(偽陽性)」である。また、陰性であった人の中には、本当はがんであった人「誤陰性(偽陰性)」もいれば、本当にがんでなかった人「真陰性」もいる。表にするとこう。




がん検診における感度、特異度、「見落とし割合」

「見落とし割合」は、本当にがんであった人(真陽性+誤陰性)のうちの検診で異常なしとされた人(誤陰性)の割合である。検査を精度を表す指標の一つに感度=真陽性÷(真陽性+誤陰性)があるが、「見落とし割合」=1-感度である。感度が高いほどよい検査である。「一般にがん検診では20%程度の見落としは許容範囲」とは、言い換えると、「感度が80%以上なら許容範囲」である。

さて、がん検診の感度(あるいは「見落とし割合」)を知りたいときにどうすればいいだろう?がん検診を受けた人の中の、真陽性と誤陰性の人の数を数えれば計算できる。真陽性の数を数えるのは比較的簡単である。検診で陽性になり精密検査を受けてがんと診断された人の数を数えればよい。では、誤陰性を数えるには?これが難しい。誤陰性を数えるには直接法と追跡法の2つの方法がある*4




「見落とし」の推定方法

大阪がん予防検診センター山崎秀男■がん検診の感度・特異度、検診歴別がん発見率(PDF)より引用

通常、検診で陰性の人は精密検査を受けない。よって、「検診で陰性であったのに本当はがんだった」人数は、普通はわからない。直接法では、検診で陰性であった人もかたっぱしから精密検査することで「検診で陰性であったのに本当はがんだった」人数を数える。具体的には、肺がん検診において単純レントゲンで陰性だった人もCTを受けてもらう、など。精密検査には放射線被ばく等の何かしらの負担があるので(負担がないなら最初から全員に精密検査をすればいい)、通常は被験者の同意を得て臨床研究として行うことになる。しかし、コストがかかるし、がんの種類によっては適切な精密検査がない場合もあるし、精密検査といっても完全ではなく「見落とし」があるかもしれない。

もう一つの方法(追跡法)は、検診で陰性だった人を追跡して、一定期間中にがんだと診断された人を誤陰性と数える。検診で陰性だったのに1週間後に進行がんだと診断されたら、これは誰がどう見ても「見落とし」だろう。今回の青森の調査は追跡法である。「検診を受けて異常なしと判定されたのに1年以内にがんと診断された人を見落としの可能性があると定義」とある。

追跡期間を1年間としているのは明確な根拠はない。成長の早いがんであれば、検診時にはどうやっても見つからないような小さながんが11ヶ月後には症状を引き起こして発見されることだってありうると思うのだが、これも「見落とし」として数えられる。「見落とし」と呼ぶと、陰性と診断した医師が怠慢だったかのような印象を持つ人もいるかもしれないが、必ずしもそうとは限らないことをわかっていただきたい。

「見落とし」の定義も複数あるし、追跡の精度にも影響を受ける

追跡法を使うとしても、誤陰性の数え方に複数の方法がある。




「見落とし」の定義

大阪がん予防検診センター山崎秀男■がん検診の感度・特異度、検診歴別がん発見率(PDF)より引用


定義1だと1年以内であれば次の集団検診で早期胃がんと診断された人も誤陰性に数えられてしまう。前の検診が陰性、次の検診でようやく見つかるような小さな早期胃がんが発見されても「見落とし」に数える。一方で定義3だと次の集団検診で進行しきったがんが発見されても「見落とし」には数えない。どの定義を採用するかによって、実際の検診の精度が同じだったとしても測定される感度(あるいは「見落とし割合」)がかなり変わってくる。調査結果を比較するときには注意が必要だ。

さらに言えば、追跡の精度によっても感度は変わってくる。人口構成やがんリスクが同じA国とB国において、同じ精度のがん検診を行ったとしよう。A国とB国で違う点は一つだけ。A国では全国レベルで患者情報が一元管理され完璧ながん登録制度が整備されているのに対し、B国では地域レベルの不完全ながん登録制度しかない。B国では、他の地域に引っ越したり、がんと診断されても主治医が登録を怠ったり、登録時に入力を間違えたりすると、追跡が困難になる。

A国では検診陽性者のうち70人ががんと診断され、検診陰性者のうち1年以内に30人ががんと診断された。真陽性70人・誤陰性30人で、感度は70%である。一方B国では、同じように検診陽性者のうち70人ががんと診断され、検診陰性者のうち1年以内に本当は30人ががんと診断されたが、この30人のうち追跡可能だったのは20人のみであった。よって、統計上の数字では真陽性70人誤陰性20人で感度は約78%である。一見、B国のほうが感度の高く見落としが少ない優れたがん検診を行っているように見えるが、実際には追跡が不十分なため、誤陰性を数え損なっているだけである。やはり、がん検診の感度の調査結果を比較するときには注意が必要である。特に国際間では。


*1:http://ganjoho.jp/med_pro/pre_scr/screening/screening_stomach.html

*2:http://ganjoho.jp/med_pro/pre_scr/screening/screening_colon.html

*3:偽陰性率と呼ばれていることが多い

*4:細かいことを言えば、がん検診の感度を評価するには、がん検診を受けていない対照群における発生率を使う方法もあるが割愛