NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「子宮頸がん予防ワクチン?おやめになったほうがいい」のファクトチェック

もしあなたががんにかかり、手術を受けることになったとしましょう。現在の日本では、ほとんどの場合、手術のメリットとデメリットは何か、あるいは手術を受けなかったらどうなるのか、医師から説明があります*1。これから受ける医療についての情報を提供されて(インフォーム)、その医療を受けることに同意(コンセント)するか、あるいは受けないかは、患者さんが決めます。医師が決めるのではありません。「インフォームド・コンセント」という言葉はすでに広く知られています。

手術に限らずあらゆる医療について、正確な情報が提供された上で、患者さんが医療を受けるかどうかを決めるのが理想です。ワクチン接種についてもです。もし提供された情報が不正確であれば、たとえ患者さんが同意し、書類にサインしていたとしても、その同意は無効です。患者さんの意思決定の助けになるよう、医療者はできるだけ正確な情報を提供するように努力しなければなりません。診察室内で患者さんにご説明するときはもちろんのこと、マスコミ等を通じて広く情報を発信するときもです。

さて、YAHOO!ニュースに■子宮頸がん予防ワクチン?おやめになったほうがいい (デイリースポーツ) - Yahoo!ニュースという記事が掲載されました。子宮頸がん予防ワクチンについての質問に対し、芦屋市・松本クリニック院長である松本浩彦氏が答えるという形式です。しかしながら、事実誤認、あるいは誤解を招きやすい部分があります。まず、松本浩彦氏の主張を引用し、論点をわけてご説明します。


日本で子宮頸がんを予防するために、このワクチンが果たす役割は高くありません。サーバリックスは、高リスクに子宮頸がんを引き起こすとされる15種類のHPV(ヒトパピローマウイルス)のうち16型と18型のHPVに対して予防効果が認められています。ところが実際には高リスクHPVのうち、日本では52型と58型のHPVが高危険型であって、18型は自然治癒することも多く、小学生にまでサーバリックスの集団接種を勧奨する意義はありません。


また最新の研究でガーダシルは子宮頸がんの発生リスクを逆に45%増加させるという報告もあります。ゆえに「子宮頸がんワクチンは、無益であるばかりか有害である」として言い過ぎではないでしょう。


日本の子宮頸がん症例において16型もしくは18型が検出される割合は50%以上である

HPVワクチン(いわゆる子宮頸がんワクチン)が果たす役割が高いか低いかは、個々の医師によって判断が異なってくることもあるでしょう。なので、ここでは問題にしません。問題にするのは、日本において現行のHPVワクチンがカバーするタイプの16型と18型のHPVが子宮頸がんに寄与する割合がどれくらいか、という点です。日本の子宮頸がんの症例において検出される16型および18型を合わせた割合は、報告によって差がありますが、おおむね50-70%です。16型が多く40%台、18型が数%〜約20%といったところです*2。52型および58型のHPVも子宮頸がん症例から検出されていますが、どちらも数%です。

「それぞれ数%だとしても、52型および58型のHPVも高危険型であることには変わりない」と言い訳できなくもありませんが、日本人においてワクチンがカバーできる高危険型のウイルスの割合(50-70%)を述べず、それぞれ数%ほどしか検出されていない52型および58型についてのみ言及するのは、適切な情報提供と言えるでしょうか。


ほかのタイプのHPVと比較して18型のHPVが自然治癒しやすいとは言えず、むしろ子宮頸がんに進展するリスクは高い

なぜ16型および18型のタイプのHPVをワクチンがカバーしているのでしょうか。それは、ワクチンを開発するときに、まず病原性の高いタイプから選んだからです。ワクチンに詳しくない方でも、もし本当に「18型が自然治癒することが多い」のであれば、ワクチンの対象に18型は選ばれなかったはずだろうと推測ぐらいはでるでしょう。

実際には、ほかのタイプのHPVと比較して18型のHPVが自然治癒しやすいとは言えません。日本のデータでもそうです*3。子宮頸がんは、まずHPVの持続感染が起こり、前がん病変*4を経て、浸潤子宮頸がんに進展します。前がん病変の段階では、52型および58型と比較して18型の割合は少ないです。ところが、子宮頸がん患者においては52型および58型よりも18型が多くなります。これは、52型および58型と比較して、18型の感染が自然治癒しにくく、あるいは、より早く子宮頸がんに進展することを示しています。


HPVワクチンが子宮頸がんの発生リスクを増加させるという「最新」の報告はおそらく存在しない

HPVワクチンが子宮頸がんの発症を抑制したという直接のデータはまだありません。直接のデータで示されたのは、ワクチンでカバーされたタイプのHPVの感染を抑制する、あるいは、前がん病変を抑制するというところまでです。HPV感染や前がん病変の減少はそれだけで利益となりますし*5、将来の子宮頸がんの発症を抑制することを強く示唆すると私は考えます。ただ、そう考えない医師がいてもいいとは思います。これは価値観や解釈の問題ですので、ここでは扱いません。

しかし、ガーダシルは子宮頸がんの発生リスクを増加させるという最新の研究が存在するかどうかについては、価値観や解釈ではなく、事実に関する問題です。松本浩彦氏は「最新の研究」の文献情報をまったく提示していません。可能性だけを言うならば、私が知らないだけでそのような研究があるのかもしれませんが、かなりの確度でそうではなく、HPVワクチンが子宮頸がんの発生リスクを増加させるという最新の報告は存在しないと私は考えます。

HPVワクチンが子宮頸がんの発症を抑制したという直接のデータが存在しないのは、HPVワクチンが使用されてからまだ十分に時間が経っていないからです*6。ならば「逆に増加させた」というデータもまだないはずです。それに、仮にそのような「最新の」データが存在するとしたら、専門家やHPVワクチンに反対する人たちの間でまったく話題にならないのは不自然です。

「ガーダシル」および「45%増加」というキーワードから、松本浩彦氏がどの研究を想定していたのか推測はできます。「最新」ではなく少なくとも2006年以前に、「子宮頸がんの発生リスク」ではなく前がん病変において、リスクが44.6%増えるという報告ならあります。それも、統計学的に有意な差ではなく、かつ、対象がすでにHPVに感染歴のある女性という一般的なワクチン接種対象者とは異なる集団です。詳細については、『うさうさメモ』の■「HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)の嘘」の検証(1)HPVワクチンは前がん病変のリスクを44.6%増やすのか? - うさうさメモを参照してください。

インフォームド・コンセントでは正しい情報が提供されるべきです。もちろん、ありとあらゆる情報をすべて提供するのは不可能ですので、ある程度ポイントは絞らなければなりません。しかしながら、相対的に重要性の低い情報のみ提示したり、古くて無関係の情報をさも「最新の研究」だと偽って紹介することは、きわめて不適切であると、私は考えます。


*1:説明が不十分でときにトラブルになることはあります

*2: http://www.mhlw.go.jp/stf2/shingi2/2r9852000000bx23-att/2r9852000000byb3.pdf , https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25156680

*3: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25156680

*4:子宮頸部上皮内腫瘍, CIN:Cervical Intraepithelial Neoplasia

*5:HPV-DNA併用検診を受けるならHPVが陰性だと検診間隔を空けることができるし、前がん病変が減れば円錐切除といった侵襲性のある介入も減る

*6:とくに臨床試験の参加者はより手厚いフォローアップを受けるので、子宮頸がんの発症数が少なくなり、差が検出しづらくなる。HPVワクチンによる子宮頸がん発症の抑制の最初の報告は観察研究によるのではないかと個人的には考えている