NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「なんで僕が腹痛なんか診なきゃいけないの?」

日本の医療の問題を考える上で、いろいろ示唆に富むまとめ。



■「日本の病院はどーして全く専門知識のない患者本人に受診科を選ばせるのか。自分で科を選んだ結果「何でもありません」と言われて大病だった事がどれだけあったことか(°_°)」に対する意見・感想のまとめ - Togetterまとめ


病院の受付で腹痛を訴える女性。泌尿器科か内科か選べと言われてるが自分じゃわからないですっ!と訴えてる。日本の病院はどーして全く専門知識のない患者本人に受診科を選ばせるのか。



患者さんは悪くない。受付の事務員が悪い。他の人のコメントにもあるように、患者さんは総合病院に受診する前に診療所を受診して紹介状を書いてもらえばよかったという点はあるにせよ、どの科を受診するかの判断を患者さんに投げていいわけがない。「患者に選ばせないと後で苦情が出る」という指摘ももっともであるが、「泌尿器科か内科か選んでください」「自分じゃわかりません」「それならまずは内科にご案内します」で済む話である。とは言え、事務員だけが悪いのではない。この事務員がことさら無能であったわけでも怠惰であったわけでもない。以下は完全に私の想像であるが、そう大して事実と異なっていないと思う。

この事務員さんね、以前に、腹痛の患者さんを内科に案内して、医師に叱られた経験があるんですわ。腹痛で、内科と泌尿器科の二択だったら、普通は内科に案内するでしょ?でかい病院だと、毎曜日に消化器内科の外来があるし、場合によっては総合診療科とかもある。これなら事務員さんは迷わない。でも、病院によっては、消化器内科の外来が休みの曜日もあるんです。下血とか吐血とか、もうこれ明らかに消化管の病気だろ、という場合は、外来が休みでも院内の消化器内科医を呼びます。でも、ただの腹痛でいちいち消化器内科の先生を呼べません。医局で新聞を読んでいるならいいですよ?でも、病棟で入院患者さんを診ていたり、内視鏡の検査をしていたりするんです。忙しいんです。

となると、たとえば、火曜の内科外来の神経内科、肝臓内科、呼吸器内科の3つのうちから事務員さんは選ぶことになります。神経内科は明らかに違うっぽい。医学的には肝臓内科が近いんだけど、肝臓内科外来はベテランの内科部長先生の担当です。ちょっと頼みにくい。「知ってる?肝臓って痛覚がないから痛まないんだよ」と皮肉を言われたこともあるし。

なので、この事務員さん、呼吸器内科の若いドクターに腹痛の患者さんを回したんです。そんで、これが尿路結石で、改めて泌尿器科外来に受診していただいた。この患者さんが「正しく診断し、泌尿器科に紹介していただいてありがとう」ぐらい言えばよかったけど、「なんで腹痛なのに呼吸器内科が診るんだ。初めから泌尿器科を受診していれば二度手間をかけずに済んだのに」とか呼吸器内科医にクレームをつけたんです。この患者さんはきっと、忙しいのに、あちこちに頭を下げて午前中だけなんとか仕事を休んで受診したのでしょう。診療が午後にずれ込むのは困ります。

呼吸器内科の若いドクターも、まさか患者さまに向かって、「知るか!診てもらっただけありがたいと思え」とは言えないので、その場では申し訳ありませんとかなんとか言います。そんでもって文句は事務員さんに言う。「誰がどう診ても尿路結石だろ。なんで呼吸器内科が診ないといけないんだ!」。そんなこと言っても事務員さんは医療従事者じゃないからわかりません。事務員さんは、次から「腹痛ですが、患者さまご自身が内科の受診を強く希望しておられますので」と、患者さんの言質を取るようになります。

プロの医師として、こんなことでスタッフに文句を言ってはいけません。また、たとえ専門が呼吸器であっても、腹痛の患者さんも診れないといけません。肺炎で入院中の患者さんのお腹が痛くなるたびに消化器内科医に相談するわけにはいきません。じゃあ、この呼吸器内科の若いドクターがヤブかというと違います。むしろ優秀なほうです。いつもの彼だったら、事務員に当たり散らすようなことはしません。

前日が宿直であまり寝ていなかったんです。救急車でやってきた脳梗塞の患者さんを入院させてちょっとウトウトとしたところ、夜中の4時に不眠が主訴の患者さんに起こされました。宿直明けは家に帰って休めればどんなに嬉しいか。でもこの病院には呼吸器内科医は彼しかいないんです。呼吸器内科外来を彼以外の誰が診るんですか。午後だって休めません。抗がん剤治療予定の肺がんの患者さんのご長男にご説明の予定です。なんでも、慶応大学の医師が書いた本を読んで治療方針に不信感を持ったとか。

「ご不満があるなら他の病院に移ってもらっていいんですよ」と言えればどんなに楽か。でもそんなことを言ったら治療が遅れます。患者さんの不利益になります。ご家族の信頼を勝ち取って、予定通り治療を行わなければなりません。ご家族も本気で医療否定本を信用したわけじゃありません。ちょっと不安になっただけ。親が大病したんだからそりゃ不安にもなるでしょう。丁寧に時間をかけて説明すれば、たいていは納得してくれるはず。それにしても患者家族を不安にさせ、余計な仕事を増やしやがったあの医者は死ねばいいのに。

眠くても外来です。予約の患者さんだけでもいっぱいいっぱいなのに、初診の風邪の患者さんも受診します。風邪というだけで呼吸器内科に回しやがって!でも、そこはプロですからグッと我慢します。誰かが診ないといけないのです。「風邪が早く治るので抗生物質をください。○○クリニックの先生はすぐ処方してくれましたよ」とか言い始める患者さんにもにこやかに対応します。「だったら○○クリニックのヤブに診てもらえ」とか言いません。

PHSが鳴ります。病棟の看護師からです。「外来中失礼します。××さんが38.1度の発熱です」。「とりあえず発熱時指示のカロナールを使って。レントゲンのオーダーを出します。SpO2が下がったら教えて。あとで見に行きます」。気になる。血ガス取りたい。早く外来を切り上げたい。

そこに腹痛の患者さんですよ。何で僕が診なくちゃいけないの?案の定、尿路結石だったよ。泌尿器科じゃん!患者さんに文句言われたよ。受付は何考えているんだ?馬鹿野郎!

ま、全部、私の想像なんだけどね。でも、寝不足での外来診療はこんな気持ちになるのはホントだよ。医師の数を増やせば問題は解決するのだけど、お金がかかる。だいたい、貧乏が全部悪いという結論になる。