NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

2015年の年間ベスト記事(自薦)

「見えない道場本舗」のgryphonさんが「ブログ書いてる人は、年末に自分の記事の「年間ベスト」を紹介してよ」と、ご提案されていた*1。光栄なことにidコール付きでご指名もいただいたので、2015年に書いた記事のうち、3つほど再紹介してみよう。


過剰診断とは「治療しなくても症状を起こしたり、死亡の原因になったりしない病気を診断すること」である。この記事はシノドスからも転載依頼があった。がん検診の限界についてはここ数年はぼつぼつ報道されつつあるが、過剰診断についてはあまり知られていなかったようだ。

できるだけ短く書きたかったが、必要最小限のことだけに限っても、あれだけ長くなった。近藤誠氏の「がんもどき理論」と混同される誤解は予想できていたが、他にも招きやすい誤解があることを学んだ。最初に定義を明示し、何度も繰り返しているにも関わらず、「手術の必要のないような小さながんを見つけてしまうこと」が過剰診断であるという誤解が根強いのは予想外であった*2。臨床の現場では「過剰診断」という言葉は使わない方がいい(使ったことないけど)。次に過剰診断について書くときは、こうした誤解にも配慮しなければならないだろう。

過剰診断について理解を深めるには、実例をいろいろ挙げるのがよかろうと思い、最近は過剰診断の記事が多い。だが、難しすぎるのか、飽きられてきているのか、反応に乏しい。何か工夫をしなければなるまい。また、私がブログを書かなくても、過剰診断について素晴らしい本が翻訳されている。しかし、近藤誠氏が帯に文章を書いており*3、誤解を招きうるので紹介をためらっていた。こんな細かいところまでお読みの読者なら大丈夫であろうと思い、紹介する。■過剰診断: 健康診断があなたを病気にする。近藤誠支持者が星5つのレビューをつけているが、実際のところは近藤誠氏の主張を支持するものではないのは記事でも説明したとおりである。私もアマゾンにレビューを書いているので、購入をお考えの方は参照していただきたい。


EMがニセ科学であるのは明らかである。典型的なニセ科学であり、これがニセ科学でなければ何がニセ科学なんだ。ところが、EM側からの反論もかなりある。もちろん、アカデミックな場で、ではない。象徴的には、2015年7月にEMを批判的に言及した朝日新聞が訴えられた*4

この提訴にはEM側に無理があるように思われるが、なにぶん私は法律については素人である。もしかしたら、裁判では朝日新聞が負ける、つまりたとえば、「朝日新聞の引用は不適切であった」と認められるようなことになるかもしれない。仮にそうだとしても、EM側の主張が非科学的であったことは変わらない。

私は医学が専門であるから、医学の分野におけるEMの非科学性について述べた。私の主張が間違っているのなら、EM側が反論するのは容易である。論文を書いて、査読のある医学雑誌に掲載させればよい。もちろん、まともな医学雑誌に「EMはウイルスを完全に消滅し得る」などという荒唐無稽な論文は載らないことを知っているので、安心してこういうことを書いているのである。EM側が宣伝を続けるならば、今後も定期的にEM批判記事も書くつもりである。


MCS(Multiple chemical sensitivity:多発性化学物質過敏症)についての議論の一貫である。実際には2013年に決着がついている。議論の相手であるsivadさんに話を蒸し返されたのでお返事をしたまでである。MCSを巡る議論は長く、複雑であり、一見したところどちらが正しいかよくわからないであろう。専門家の間では異論がないにも関わらず、そこに議論があるかのように見せかけるのはニセ科学の常套手段である。歴史修正主義者も同様の手法を取ると聞く*5

「MCSの本物の性質が認識されている公式な報告書」は些末な問題である。確かにsivadさんは、怪しげな論文まがいの文章を根拠に「MCSの本物の性質は、米国と英国とでそれぞれ独立した科学者らによる公式な報告書において認識されている」と主張してしまった。しかし、批判に対して「そのような報告書があるかどうか再確認します。それまで、いったんこちらの主張は取り下げます」とsivadさんが言えば済んだ問題である。

しかし、いまのところはsivadさんは主張を取り下げていない。sivadさんのブログの読者が批判的な文章にもアクセスできるよう何度かトラックバックを送ったが反映されない*6。一方でツイッターで定期的に、「化学物質過敏症に関して勘違いを拡散している人物がいますが、こういった行為は患者の治療の妨害になるおそれがあります。十分気をつけましょう」とsivadさんはツイートしている*7。自らの主張の正しさよりも、自説を宣伝することのほうが大事であるかのように見える。

複雑な議論についていけない読者であっても、「お前の引用した論文は代替医療を行っている団体の発行した、誰も引用しない低レベルの雑誌に掲載されたものだ。MCSの本物の性質が認識されている公式な報告書があるならそのものを出せよ」とまで言われているのに、まったく何も反論できない側が間違っていることは分かる。些末な問題であるのも関わらず、この記事を選んだのはそういう理由からである。

*1:■恒例の要望。ブログ書いてる人は、年末に自分の記事の「年間ベスト」を紹介してよ(自分は棚上げしつつ…) - 見えない道場本舗

*2:いくら小さながんでも時間の経過によって大きくなってきて症状を引き起こすものは過剰診断ではない。逆に、サイズが大きく、リンパ節転移や遠隔転移があっても将来症状を引き起こさないものは過剰診断である

*3:近藤誠氏に帯を書かせた出版者の人を小一時間問い詰めたい。お前は自分の担当した本を読んでいないのか、と

*4:■やや日刊カルト新聞: EM菌提唱者が朝日新聞を提訴=批判報道への報復か

*5:■歴史修正主義の手口について - 児童小銃

*6:ただしこれは、はてなによくある不具合かもしれない

*7:私には、sivadさん自身が、化学物質過敏症に関して勘違いを拡散し、患者の治療を妨害していると自己紹介しているようにしか見えない