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卵巣がん検診における過剰診断はどれくらい?

症状のない人に対してがん検診を行うと、一定の割合で過剰診断が起こる*1。つまり、治療しなくても症状を起こしたり、死亡の原因になったりしない人をがんだと診断してしまう。がんと診断された人が過剰診断かどうか、診断した時点で正確に判定する手段はない。治療をせずに放置して、がんによる症状が生じる前に他の病気で亡くなったら、過剰診断であることが確定する。しかし普通はがんを放置することはなく治療されるので、がんによる症状が出なくても、治療のおかげなのか、それとも過剰診断だったのか、わからない*2

だったらなぜ過剰診断があるとわかるのか?■韓国における甲状腺がんの過剰診断で紹介したのは時系列研究である。20年足らずの間に甲状腺がんと診断される人が15倍に増えたのに、甲状腺がんの死亡率はほとんど変化していない。この現象は増加の大半が過剰診断だと考えないと説明困難である。地域相関研究やコホート研究が用いられることもある。地域相関研究では、検診が行われた地域と行われなかった地域における、がんと診断された人の割合*3を比較する。コホート研究では、検診を受けた集団と受けなかった集団とを比較する。もし過剰診断がゼロであれば、がんと診断された人の割合に差は生じないはずである。

バイアスが生じにくいのがランダム化比較試験である。被験者を、検診を受ける群(検診群)と受けない群(対照群)にランダムに分け長期間観察する。検診群ではがんを早期発見するので、介入開始後しばらくは検診群でがんと診断される人の割合が高い*4。しかし、もし過剰診断がゼロならば、対照群においても検診をしていれば早期発見できていたであろうがんが後から発症してくるので、最終的ながんと診断される人の割合*5は同じになる。がんと診断される人の割合に差があれば、それが過剰診断である。

時系列研究、地域相関研究、コホート研究、ランダム化比較試験のいずれにおいても、過剰診断を評価するために比較するのはがんと診断された人数であって、「現実の患者の健康状態」や「がんの重篤度」の情報は不要である。「がんの大きさが小さいから過剰診断だ」とか「転移した人が多いから過剰診断でない」とかは必ずしも言えない。腫瘍径が小さくても最終的には多くが症状を呈するがんもあるだろうし、転移があっても症状をもたらすことが少ないがんもあるだろう。

がん検診のランダム化比較試験の主な目的は、がん検診が有効かどうか、つまり、がんによる死亡が検診によって減るかどうかを評価することである。しかし、罹患率のデータも収集しているので、過剰診断があるかどうか、あるとしてどれくらいかも評価できる。■卵巣がん検診は卵巣がんによる死亡を減らさないで紹介した、アメリカ合衆国で行われた卵巣がん検診のランダム化比較試験*6を例に挙げよう。

55歳から74歳の女性を被験者として、卵巣がん検診群3万9105人と、通常ケアを受ける対照群3万9111人とにランダムに分けられ、12.4年間(中央値)フォローアップされた。うち、卵巣がんと診断されたのは、検診群212人、対照群176人である。ランダムに分けられほぼ同数がフォローされたのに、検診群で卵巣がんと診断された人が多いのは、過剰診断を示唆する。示唆というのは、統計学的有意差がないからである。検診群の対照群に対する卵巣がんの罹患率比は1.21で、95%信頼区間は0.99〜1.48であった。




Buys SS et al, JAMA. 2011 Jun 8;305(22):2295-303.より引用。ランダムに二群に分けられているので、もし過剰診断が存在しないのであれば、時間が経つにつれて対照群が追いついてくるはずである。


罹患率比(RR)がわかれば、過剰診断の程度も推測できる。検診群において、卵巣がんと診断された人のうち過剰診断であった人の割合は、分母がRR、分子がRR-1として計算できる*7。計算してみると、過剰診断の割合は0.17、95%信頼区間は-0.01〜0.32であった。95%信頼区間がゼロをまたぐので、この試験だけからは卵巣がん検診に過剰診断があるとは言えない*8

卵巣がん以外のがん検診、たとえば乳がん検診における過剰診断の割合は、文献によっても差があるが、おおむね10%〜30%であるとされる。卵巣がん検診の20%弱というのは、相場観から考えてもそれほど的外れではないだろう。検診によってがん死を減らせるのであれば、過剰診断が20%弱というのは容認できる範囲内である。卵巣がん検診においては、過剰診断よりも、偽陽性とそれに伴う診断のための処置の害のほうが大きいと思われる。


*1:■「過剰診断」とは何か

*2:治療後に再発等でがんの症状が生じた場合は、過剰診断でないことが確定する。「治療によって『寝た子を起こす』(治療介入しなかったら症状を起こすことはなかったのに)」という可能性は無視する。絶対ないとはいえないがあってもレアケースであろう

*3:より正確に言うなら、がんの累積罹患率

*4:一般的には罹患率で表される

*5:より正確に言うなら、累積罹患率

*6: Buys SS et al, Effect of screening on ovarian cancer mortality: the Prostate, Lung, Colorectal and Ovarian (PLCO) Cancer Screening Randomized Controlled Trial., JAMA. 2011 Jun 8;305(22):2295-303 , http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21642681

*7:細かいことを言い始めるといろいろある。本当にいろいろ。フォローアップ期間は10年ちょっとでいいのか、分母は「検診群において、卵巣がんと診断された人」はなく「検診群において、検診で卵巣がんと診断された人」であるべきだ(検診終了後のフォローアップ期間に診断された人を分母に含めると「薄まって」過剰診断の度合いを過小評価する)、対照群でも症状なしで診断された人がいるはずだがその分は補正しなくていいのか、とか。

*8:理論的にはがん検診を行えば過剰診断は必ず生じる。リードタイムはゼロでない、かつ、がん以外の死亡率はゼロではないことから。問題は過剰診断の程度がどれくらいか、ということである。もしかしたら卵巣がん検診の過剰診断は、ゼロではないものの臨床的にはほとんど無視しうる程度に過ぎないが、たまたま偶然に検診群でがんと診断される人が多かっただけ、という可能性もある