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卵巣がん検診は卵巣がんによる死亡を減らさない

がん検診の害は過小評価されている一方で、利益は過大評価されている。早期発見によって予後が改善するのは当たり前だと誤解している人もいるが、がん検診が有効である条件はけっこうシビアである。たとえば、がんの進行する速度が速すぎてはいけない。膵臓がんを検診で早期発見しようとしても、おそらく、「発見したときはすでに手遅れ」というがんばかり見つかるだろう。一方で、進行がゆっくりで予後の良いがんも早期発見のメリットが小さくなる。甲状腺がんや前立腺がんがそうである。

有病割合が小さいがんも検診には向かない。がん検診の害の一つとして偽陽性があるが、有病割合が小さいと、検診で要精密検査とされた人における偽陽性の割合が増えるからだ。低線量CTによる肺がん検診は、喫煙者に対して有効だ(という報告もある)が、非喫煙者に対しては有効ではないと考えられている。肺がんの有病割合が小さい非喫煙者の集団に対してCT検診を行うと、偽陽性による不利益が肺がんを早期発見することによる利益を上回ってしまうからだ。偽陽性の問題を別にしても、有病割合が小さいと一人のがんを早期発見するために必要な検診数が多くなってしまい、コストがかかる。

現時点で有効であると世界的に広く認められているがん検診は、大腸がん検診、子宮頸がん検診、乳がん検診ぐらいである。前立腺がん検診については議論がある。胃がん検診の有効性が認められているのは日本を含めた数か国である*1。肺がん検診は世界的には高リスク集団を対象にした場合にのみ有効性が認められている。「早期発見・早期治療が常に良いとは限らない」と書いたが、「早期発見・早期治療が良い場合もたまにはある」のほうがより正確だったかもしれない。

卵巣がんは検診の有効性が期待されているがんである。卵巣がんの進行の速度は(個人差があるが)そこそこで、有病割合が高い。エコーや腫瘍マーカーといった早期発見のための手段もある。日本でも卵巣がん検診を行っている医療機関がある。

がん検診の有効性を証明するためには、理想的にはランダム化比較試験が必要である。つまり、検診対象者をランダムに二群に分け、一方にがん検診を受けてもらい(検診群)、もう一方には受けずにいてもらい(対照群)、長期間観察して、がんによる死亡率に差があるかどうかを調べるのだ。卵巣がん検診については、ランダム化比較試験が行われるぐらいには期待されていた。

2011年のJAMA誌で発表された、アメリカ合衆国で行われたランダム化比較試験*2によれば、卵巣がん検診は卵巣がんによる死亡を減らさないという結果であった。対象は55歳から74歳の7万8216人の女性。腫瘍マーカー(CA-125)と経腟エコーによる卵巣がん検診群3万9105人と、通常ケアを受ける対照群3万9111人とにランダムに分けられ、12.4年間(中央値)フォローアップされた。卵巣がんによる死亡は検診群で118人(1万人年あたり3.1人)、対象群で100人(1万人年あたり2.6人)で、むしろ検診群に死亡が多い傾向にあったが、統計学的有意差はなし。この研究においては卵巣がん検診のメリットは示されなかった。

一方で害はしっかりある。偽陽性、つまり、検診でがんの疑いがあったが最終的にがんとは診断されなかった人は3285人であった。さらに、偽陽性3285人のうち1080人が「外科的フォローアップ」を受け、1080人中163人(15%)が外科的処置によって「重篤な合併症」が起こった。乳がんや甲状腺がんと違い、卵巣は皮膚の表面近くではなく腹腔内にあるので、がんの確定診断に必要な組織採取(生検)が困難である。MRIなどの追加の画像検査でがんを否定できない場合、卵巣摘出術などの外科的な処置が必要になる。検診を行わなければ偽陽性は起こらず、よって外科的な処置も、合併症も起こらない。

結果は偶然に左右されるので、「本当は卵巣がん検診は卵巣がんによる死亡を減らすのだが、今回の研究ではたまたま有意差が出なかっただけである*3」という可能性もある。最近結果が発表された20万人を対象にしたイギリスでのランダム化比較試験*4では、統計学的有意差はなかったものの卵巣がん検診が卵巣がんによる死亡を減らす傾向はあった。しかし、卵巣がん検診が卵巣がんによる死亡を減らすと仮定しても、卵巣がん検診は臨床的に有効だとは言えない。

仮に、卵巣がん死を100人から80人に減らすために、4万人が検診を受け、3000人が偽陽性になり、1000人が診断のために外科的処置を受け、150人に合併症が起こるとしよう。これは害が大きすぎて、一般的には有効な検診とはみなされない。今後、卵巣がん検診の有効性が認められるためには、何らかの技術革新、たとえば、手術に頼らずに正確に診断できる方法などが必要だろう。


*1:理由の一つは日本では胃がんの有病割合が大きく、メリットが大きくなるからである

*2: Buys SS et al, Effect of screening on ovarian cancer mortality: the Prostate, Lung, Colorectal and Ovarian (PLCO) Cancer Screening Randomized Controlled Trial., JAMA. 2011 Jun 8;305(22):2295-303 , http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21642681

*3:βエラー

*4:■Ovarian cancer screening and mortality in the UK Collaborative Trial of Ovarian Cancer Screening (UKCTOCS): a randomised controlled trial - The Lancet