NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

まさか今時ニュートンを否定している人なんていないですよね?

間違い方は多様である。説明のためにごく単純な例を挙げよう。算数の問題で、「1+1=」と問われたら、正しい答えは「2」しかない。一方で間違った答えは無数にある。「1+1=1」「1+1=3」「1+1=4」「1+1=5」。すべて間違った答えである。また、一般的に、間違い方はそれぞれ矛盾する。「1+1=1」という答えと、「1+1=3」という答えのどちらも正しいということはありえない。

算数から離れると、たとえば二進法では「1+1=10」という答えもありうる。自然科学や医学の問題では、必ずしも算数のように唯一の正解があるとは限らない。しかしながら、間違い方は多様であるという原則は変わらない。定説を否定するトンデモ説はきわめて多様である。教科書にも載っている定説を否定する人たちは、しばしば相互矛盾する複数のトンデモ説を信じることがあり、興味深い。定説を否定することが重要であり、トンデモ説自体の正しさにはさほど重点を置いていないからだろうと私は推測する。

さて、船橋市議会議員である高橋宏氏は、現代医学をほぼ全否定する主張をされている。最近では、『「輸血・血液製剤」の危険性について、厚生労働省への陳情および記者会見』を、複数の「医療関係者有志」らと行った(参考:■IWJはなぜ記事を削除したのかな? - 子どもの病気カテゴリ - うろうろドクター - Yahoo!ブログ)。高橋宏氏は、現代医学を否定する説はほぼ無批判に信じているように見える。たとえば、千島学説とソマチッドを同時に信用しているようである。


■病院にいかなくてもいい時代が来る|船橋市議会議員高橋宏 揺るがない、動じない、諦めない


波動も千島学説もソマチッドも非科学的だという、またいつもの大批判大会が始まることは予め予測の範囲ですが、全て科学的根拠に基づいて行われていることが良く理解できました。


千島学説とは、故千島喜久男博士が提唱した「造血の場は骨髄ではなく腸である」「細菌・ウイルスは自然発生する」といった一連の主張で*1、ソマチッドはフランス人研究者ガストン・ネサンが発見したと称する微小な生命体のことである*2。どちらも科学的根拠はなく、「ニセ医学」の類である。

高橋宏氏に限らず、千島学説に親和的な人はソマチッドにも親和的であることが多いように見受けられる。私には不思議でならない*3。なぜなら、千島学説とソマチッド説の両方が正しいとしたら、千島喜久男とガストン・ネサンの主張が一致しないのは不自然に思われるからだ。微生物の自然発生を観察した千島喜久男はソマチッドに相当する構造物を発見しなかった。微小なソマチッドを発見したガストン・ネサンは微生物の自然発生を観察していない。なぜか。

電子顕微鏡などの技術が発達した現在においても微生物の自然発生やソマチッドを観察したというまともな報告がないことに加え、「間違い方は多様である」という原則を考慮すると、千島がソマチッドを観察できなかったこと、および、ネサンが微生物の自然発生を観察できなかったことの両方を合理的に説明できる。単にどちらも間違っていただけの話だ。

高橋宏氏の否定の対象は現代医学に限らず、物理学やダーウィン進化論にも及んでいる。


■病院にいかなくてもいい時代が来る|船橋市議会議員高橋宏 揺るがない、動じない、諦めない


波動がオカルトだと言っている人は、地動説、電波の存在を否定していた昔の人達と同じ状態です。マルコーニは「電線を使わずメッセージを送れる」と話したところ精神病院に連れて行かれたと言われています。私も既にネット上ではトンデモ扱いで精神病院に行った方が良いと思われている方も少なくないでしょう。

まさか今時パスツールなんか信じている人はいないですよね?アントワーヌ・ベシャン、ギュンター・エンダーレイン、ガストン・ネサン、ロイヤル・レイモンド・ライフといった先人の知恵に学ばなければなりません。同様に、ニュートンとかアインシュタイン相対性理論とかビッグバン理論とかホーキング宇宙論とかダーウィン進化論が正しいなんて思っている人はいないですよね?


トンデモ説を支持する人たちは、自分たちに対する批判を不当に迫害されていた偉人に対する批判にすりかえる。よく例に出されるのがガリレオで、「ガリレオ詭弁」(参考:■ガリレオ詭弁 - 忘却からの帰還)という名前までついているぐらいだ。高橋宏氏はマルコーニを例に出している(「マルコーニが精神病院に連れて行かれた」という逸話は事実かどうか疑わしいが、それはともかくとして)。ガリレオやマルコーニが正しいと認められたのは、批判されたからではなく、専門家の検証に耐える証拠を出したからである。

パスツールが否定の対象になっているのは、おそらくはスワンネックフラスコによる微生物の自然発生の否定や、狂犬病ワクチンの開発が高橋宏氏のお気に召さなかったのであろう。トンデモ説批判本の古典であるマーティン・ガードナーの『奇妙な論理』(教養文庫)においても、「ガリレオ詭弁」について触れられている。



よこしまな中傷といわれのない攻撃がたえず自分に向けられている、と彼は主張するのが常である。彼は自分を、異端のかどで不当に迫害されたジョルダノ・ブルーノ、ガリレオ、コペルニクス、パスツールその他の偉人になぞらえる。(P27-28)


ガードナーの本ではガリレオに並ぶ偉人として挙げられているパスツールが、高橋氏には否定の対象になるというのは興味深い。興味深いと言えば、ニュートンが否定の対象になっているのも興味深い。ガードナーによれば、



ニュートンが物理学でずばぬけた名声を保っていたときは、物理学での奇人の仕事は猛烈に反ニュートン的だった。今日ではアインシュタイ ンが権威の最高シンボルとなっているため、奇人の物理理論はニュートンの肩をもってアインシュタインを攻撃するものが多い。(P28)


とのことである。アインシュタインの相対性理論否定やダーウィン進化論否定はありふれているが、ニュートン否定というのは現代ではきわめて珍しい*4。マルコーニはOKでニュートンがNGというのもよくわからない。高橋氏が「マルコーニなんて信じているのはあまりにも無知であり、狂育によって深い洗脳が解けないからだ」などと言わないのはなぜなのだろう?無線は日常生活で利用されているからだろうか?ニュートン力学だってかなり利用されているのだが。


*1:■千島学説(腸内造血説)に関するFAQ

*2:■謎の微小生命体ソマチット(ソマチッド)

*3:本当のところは、それほど不思議に思っていない

*4:光速に近かったり原子レベルの大きさのスケールではニュートン力学は正しくないが高橋宏氏がそのような意味で言ってるのではないことは明白である