NATROMのブログ

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白血病に備えて自家末梢血幹細胞の冷凍保存をしておくべきか?

白血病に備えて幹細胞を採取・冷凍することを推奨するツイートがあった。「豪州の白血病専門薬剤師からの話」であるとのこと。



このエントリーを書いた時点で、このツイートは300回以上リツイートされている。情報を提供しようとした善意についてはありがたいと思うが、この話はいくつかの点において疑わしい。非専門家を通じたために話が不正確になっているか、あるいは「豪州の白血病専門薬剤師」がそもそも信用できない人物である可能性がある。現在の日本における状況で、一般の人が白血病に備えて末梢血幹細胞を保存しておく必要性は乏しいと私は考える



「腕から採血した血液から採取できる」という点から、骨髄幹細胞ではなく末梢血幹細胞のことを言っていると思われる。ちなみに骨髄幹細胞であっても「背骨に直接針を打ち込んで」採取するわけではない。一般的には腸骨(骨盤の一部)から採取する。



「医師側にも反対の人が多い」もなにも「一般住人の白血病に備えて幹細胞採取を」という話に賛成している医師がいるのかどうか疑問である。「原発作業員の大量被曝に備えて」という話とごっちゃになっているのではないか。また、G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)の薬剤費は末梢血幹細胞採取に必要な医療費の一部であり、後発医薬品が出てきたぐらいではそれほどコストは変わりないと思う。



原爆被爆者における白血病リスクは被爆後約6−8年がピークであった*1。「放射能の影響による白血病の発症が心配なのは事故から2〜5年の間」という主張に根拠はあるのだろうか?



私がこの話を疑わしいと判断した最大の理由が、「どうして日本の白血病専門医はこの事実をもっと広く国民に知らせないのだろうと、その豪州の白血病専門薬剤師の人はしきりに不思議がった」という点である。白血病についての一般的な知識があれば、白血病に備えての末梢血幹細胞採取が勧められない理由はいくらでも考えつくはずだからである。たとえば以下である。

  • 現状の日本の被曝状況で白血病が過剰発生するとは考えにくい。よしんば過剰発生するとしても、もともと白血病の罹患率は低く、絶対リスクは小さい。
  • 末梢血幹細胞採取に使用するG-CSFの長期安全性は確立されていない。たいていは大丈夫であるがリスクがゼロであるとは断言できない。
  • 白血病を発症したとして、あらかじめ採取しておいた自家末梢血幹細胞が治療に役に立つケースは限定的である。GVL効果(移植片対白血病効果)が期待できる他家幹細胞移植が使用可能であればそちらが優先される。


GVL効果とは、ドナーの白血球がレシピエントの白血病細胞を攻撃することによって得られる抗癌効果である。自家幹細胞移植ではGVL効果は得られない。この点が、大量被曝後の急性放射線障害による骨髄抑制に対する幹細胞移植とは異なる。急性放射線障害に対してはGVL効果は不要なので可能ならば他家(他人からの移植)ではなく自家幹細胞移植が望ましい。

「原発作業員の大量被曝に備えて」幹細胞を採取・保存しておくべきだ、という意見であれば理解できる。しかし、「一般住人の白血病に備えて幹細胞採取を」幹細胞を採取・保存しておくべきだという意見は、何か相応の根拠がない限り、懐疑的に受け止めたほうがよい。本当の専門家であれば、上記したような理由に対して具体的な反論をするはずであり、「しきりに不思議がった」というのは不自然である。