NATROMのブログ

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「疑似科学ニュース」の「福島の甲状腺癌の変な^2話」

福島県の小児の甲状腺がんをめぐる主張は入り乱れている。やや乱暴であるが、大雑把にまとめると以下のような流れであると私は理解している。なお、ここでは、有病割合=「単位人口当たりのスクリーニングで発見された有病者数」、罹患率=「単位人口年当たりの自覚症状を呈して医療機関に受診し診断された患者数」と定義する*1

2013年2月の段階で、0歳から18歳の福島県の調査において、約38000人中、3例の甲状腺がんが確定し、さらに細胞診陽性者を含めると10例の甲状腺がんあるいは疑い例が認められていた。一方で、小児の甲状腺がんの罹患率は1人/100万人。以下のような不安な声が出てくるのは十分に理解できる。


(1)「有病割合=3〜10人/4万人」は「罹患率1人/100万人」よりかなり多い。甲状腺がんは有意に多発している。


ただし、少し考えればわかるように、スクリーニングで見つけ出してきた癌は、症状が生じて医療機関を受診し発見された癌よりも多いはずである。よって、以下のような反論がなされた。


(2)有病割合と罹患率とをそのまま比較はできない。有意に多発とは言えない。


これはもっともな主張であるが、言えるのは「多発とは言えない」ところまでで、「多発でない」とも言えない。本来は比較できない有病割合と罹患率を比較するために、津田敏秀先生が(2)に反論して以下のような主張を行った(■福島県での甲状腺がん検診の結果に関する考察 ver.3.02)。


(3)有病割合と罹患率が異なることを指摘してそれで思考が停止している。有病割合≒罹患率×(D)という式と、初老の女性の胃がんのケースからD=7(年)として計算すれば、有意に多発と考えられる。


片瀬久美子さんが(3)に対して以下のような反論を行った(■福島県での甲状腺がん検診のこれまでの結果で、甲状腺がんの発生が多発と言えるのか? - warblerの日記)。


(4)成人の甲状腺がんの検診におけるデータから算出した「(D)」の数字を使えば、有意に多発とは言えない。


小児の甲状腺がんの有病割合を推定するのに成人の甲状腺がんの検診におけるデータから算出した「(D)」の数字を使うのは不適切であるが、「津田氏の方法に合わせた」だけである。それを言うなら初老の女性の胃がんのケースから算出した「(D)」の数字を使うのも不適切であるわけで。

付け加えさせていただければ、有病割合≒罹患率×(D)という式を適用するなら、はたして小児の罹患率の数字をそのまま使っていいか、という問題提起を私が行った■「有病割合≒罹患率×平均有病期間(D)」という式の適用可能性 - NATROMの日記。現時点では、有意に多発しているとかしていないとか、断言できないものと考える。

さて、ここで福島と他の地域で大差ないのではなかろうかと主張する新たな論者が出現したので紹介しよう。


■福島の甲状腺癌の変な^2話 : 疑似科学ニュース■(cache) 福島の甲状腺癌の変な^2話 : 疑似科学ニュース


片瀬久美子はこれ[引用者注:福島のがんの発生率は11倍も大きいという主張]に反論しているのだが、なんか反論の方もおかしい。先に俺の結論を書く。片瀬久美子が引用している

  http://ganjoho.jp/public/statistics/pub/statistics01.html

を見ると甲状腺の罹患率は男で10万人に3.4人だという。福島の発見率は3/38114でこれは10万人に7.9人となる。それほど大きな違いではないんじゃなかろうか。

無論両者の数値の意味は違う。福島の場合、診察した人間に対して癌と診断された人数。罹患率の場合は人口あたりの癌と診断されている人数。分母には診察に来ない人も含まれるから当然こっちの方が数値は低い。

それなら3.4と7.9ぐらいの差は出るのではないの?と。この後ややこしい計算をしなくても、それほど福島と他の地域で大差ないのではなかろうか。

 
甲状腺の罹患率は男で10万人に3.4人というのは、成人の罹患率の話である。「有病割合=3〜10人/4万人は罹患率1人/100万人よりかなり多い。甲状腺がんは有意に多発している」と主張している人ですら、小児と成人をごっちゃになんかしていない。「疑似科学ニュース」さんの主張は、周回遅れですらない。あえて言えば逆走である。

ここで「疑似科学ニュース」さんの主張を紹介した理由はだいたい推測していただけるものと思う。正直、関わり合いになりたくはなかったのであるが、「NATROMはコメントでこの片瀬久美子の計算は大きな問題はないと言っているが、ホントにちゃんと読んでるのか?」などと書いてあったため、ついウッカリ読んでしまい、読んでしまった以上、突っ込まざるを得なかったという次第。


あとは細かい間違い。


■福島の甲状腺癌の変な^2話 : 疑似科学ニュース■(cache) 福島の甲状腺癌の変な^2話 : 疑似科学ニュース


しかし…この(7.1/10万)というのは罹患率だよね。人口10万人あたり7.1人の甲状腺癌を患っている人がいるということ。甲状腺癌を患っていると診断されている人なのだから、当てはめるなら発見率の方なんじゃ?いや、これでいいのか?この点はよくわからん。


7.1/10万というのは罹患率だよ。でも「人口10万人あたり7.1人の甲状腺癌を患っている人がいるということ」じゃないよ。単位人口当たりの甲状腺がんを患っている人の割合は「有病割合」だよ。「発見率」については明確な定義はなされていないけど有病割合と解釈できる*2。罹患率と有病割合の違いすら「よくわからん」わけですな。


■福島の甲状腺癌の変な^2話 : 疑似科学ニュース■(cache) 福島の甲状腺癌の変な^2話 : 疑似科学ニュース


0.49%というのは甲状腺癌の診断手法に関する記事のようだ。触診だと0.49%だが超音波だと0.72%といった比較の表がある。しかし0.49%の分子と分母はなんなのか?罹患率とかは10万人に7.1人とかなのに、0.49%なら1000人に5人だ。異常に大きい。

元記事を読むと所見者数に対して癌と診断された割合らしい。所見者数というのは、なんらかの理由で検査が必要ですよと判断された人らしい。


片瀬さんのブログからリンクされている論文(ちなみに日本語だ)に分子と分母がなんなのかちゃんと書いてある。分母は集団検診や人間ドックの対象者であり、有所見者数ではない。定義上、自覚症状がない人たちである。分子は有所見者や癌と診断された人の数。「0.49%なら1000人に5人だ。異常に大きい」とあるが、甲状腺がんをスクリーニングすれば、だいたいそんなものである。感度の高い検査をすればもっと「有病割合」は高くなる。このあたりは「相場観」の問題である。そもそも、リンクされてある和文論文すら読まない(さすがに読んでアレとは考え難い)という時点で問題があると思われるが。


*1:厳密には偶然の検査で発見された患者を含むが、寄与としては小さいので無視する

*2:津田氏の「発見確率 3 人÷38,114人は、「がんの状態」の人を発見した確率です。これを有病割合(有病率)と呼びます」に準じる