NATROMのブログ

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多焦点眼内レンズは混合診療可能だよ

日本経済新聞に混合診療解禁に関する記事が載った。経済界が混合診療の解禁に賛成の立場であるせいか、日本経済新聞にはその立場に沿った記事が載りやすいようだ。記事では、白内障の手術について混合診療が解禁されていないため高額な自己負担を強いられた患者さんの体験を紹介している。


■混合診療、出口見えぬまま10年  :日本経済新聞


 眼科医がすすめたのは遠近ともに焦点が合う多焦点レンズ「レンティス」を入れる手術。一般的な単焦点のレンズよりも術後にまぶしさやにじみが少ないと言われ同意したが、料金を聞いて目を丸くした。

 100万円――。公的な医療保険の対象にならないと聞かされたが、単焦点は10万円。こちらは保険がきくとはいえ、値段が違いすぎる。医師に詰めると「手術費だけでなく、保険適用のはずの手術前後の診療費や薬代もすべて自己負担になる」。渋々大金を払った。

 からくりはこうだ。患者が医療機関の窓口で払うのは実際の医療費の一部。大半は公的保険で賄われる。ところが国が認めていない薬や治療法を使うと、本来なら保険で賄えるはずの診察や検査の費用も含め、患者がすべての項目で全額を負担しないといけない。

 保険の適用外だけ自費で負担し、適用分は通常どおり保険で賄えばいい。だが、そんな「混合診療」は原則禁止だ。政府は2004年に混合診療の範囲を大きく広げると決めたが、実態は厚生労働省が一部の例外を認めてきただけ。それから10年近く。原則解禁の気配はない。


混合診療の解禁には、メリットもあれば、デメリットもある。明確なメリットとしては、(少なくとも一時的には)患者さんの選択肢が広がることである。日経新聞の記事を読んで、「混合診療を原則解禁にすれば、100万円もの大金を支払わなくても優れた多焦点レンズを入れられる患者さんもいるだろうに。混合診療を禁止するのはけしからん。混合診療を解禁すべき」と思う読者もいるであろう。

しかしながら、白内障に対する多焦点レンズの例を、混合診療を原則解禁する理由として挙げるのは不適切である。なぜなら、現在の制度でも「多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術」は混合診療可能であるからである。厚生労働省のサイトにある「先進医療を実施している医療機関の一覧」*1には、「多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術」が可能な施設が250以上載っている。これらの施設では、「先進医療に係る費用」は全額自己負担であるものの、「先進医療に係る費用」以外の、通常の治療と共通する部分は一般の保険診療と同様に扱われる。つまり、混合診療可能である。

日経新聞で紹介された事例では全額自己負担となっていたが、これは手術を行った医療機関が一定の施設基準を満たしていないためであろう*2。この患者さんは名古屋市在住となっていたが、愛知県には多焦点レンズを使った手術を混合診療で受けることができる施設が複数あることをきちんと説明された上で「渋々大金を払った」のだろうか。施設基準が設けられている理由は「有効性及び安全性を確保する」ためである。もし仮に混合診療が「一部の例外」に限られず、実質解禁されたとしよう。となると、一定の施設基準を満たさない、いってみれば未熟な技術しか持っていない施設であっても、手術前後の診療費や薬代を保険診療として多焦点レンズを用いた手術ができるようになる。

日経新聞の記事では、「医療現場に競争原理が働くから解禁に反対」という医師の声を紹介している。



話が大きくなりすぎた。当事者の声も聞きたい。「医療現場に競争原理が働くから解禁に反対」。岐阜県内の病院の勤務医(32)は明かす。最新の治療法を常に身につけていないと、混合診療を望む患者に応えられない。「腕の悪い医者には患者が来なくなる」


勤務医(32)の声は、捏造か、もしくは発言者の意図を捻じ曲げている可能性が高いと思う。考えてもみよ。内心は「医療現場に競争原理が働くから解禁に反対。腕の悪い自分のところには患者が来なくなる」と考えている医師が仮にいたとして、新聞社から意見を聞かれて正直にそう答えるだろうか。また、いたとしてもそのような医師は少数派であり、もっと他に混合診療解禁に反対する合理的な理由はいくらでもあるのに、こうした「当事者の声」のみを取り上げるのは不誠実である。

それに、少なくとも多焦点レンズを使用した手術については、混合診療が原則解禁されて有利になるのは基準を満たしていない「腕の悪い」施設である。多焦点レンズならまだマシで、混合診療が原則解禁されれば、効果の明確でない代替療法についても、代替療法以外の診療費や検査代を保険診療とした混合診療が可能になる。■死の淵から蘇ったのは混合診療のおかげ?でも述べたが、医療現場に競争原理が働いて勝つのは、治療技術が優れた医師ではなく、いかにも効きそうと患者に思わせることができた医師である。


*1:■先進医療を実施している医療機関の一覧|厚生労働省

*2:施設基準を満たしていても届け出ていないという可能性はあるが、普通に考えればあえて届け出ない理由は考えにくい。いずれにせよ多焦点レンズが施設によっては混合診療可能であることを述べないのは記事として不誠実である