NATROMのブログ

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陽性反応的中割合と「100%引く偽陽性率」を取り違えた甲状腺癌数の推計について

さて、本題。感度や偽陽性率といった用語の意味を確認したいときは、■特異度と偽陽性率と陽性反応的中割合とで引用した表を参考にせよ。


問題:甲状腺癌の2次検査の細胞診検査において7名が悪性と診断された。この検査の感度は90%(偽陰性率10%)、特異度は90%(偽陽性率10%)である。この7名のうち真に甲状腺癌であるのは何人か?


報道によれば、福島県の子供約3万8000人に対する甲状腺検査において、2次検査で細胞診を施行されたのは76名である。76名のうち10名が悪性もしくは悪性の疑いありとされ、その10名のうち3名が既に手術を施行され甲状腺癌と診断が確定した。残りの7名はまだ確定診断に至っていない。3万8000人中の3人というのは、原発事故との因果関係があるかどうか断定できないものの、多発と言っていい数字であるのは確かである。スクリーニング検査による掘り起こしに過ぎないのか、それとも有意に甲状腺癌が増加しているのか、この点に関してはこのエントリーでは論点としない。どちらにしろ現時点ではわからない。今後の調査で明らかになっていくだろう。

このエントリーの目的は、たとえば以下に引用するような、特異度(= 100% - 偽陽性率 )と陽性反応的中割合を混同した誤りについて注意を喚起することにある(:2013年3月23日追記:■「特異度(= 100% - 偽陽性率 )と陽性反応的中割合を混同した誤り」の例として、津田敏秀さんのインタビューを引用したのは不適切でありました)。


■甲状腺がん「被曝の影響、否定出来ず」〜疫学専門家インタビュー | OurPlanet-TV:特定非営利活動法人 アワープラネット・ティービー


今回、甲状腺がんが確定した3人のほか、細胞診断によって7人に悪性または悪性の疑いがあることが発表されている。甲状腺がんの場合、擬陽性と偽陰性がそれぞれ10%ある。このため、福島県立医科大は、今後、手術を終え診断が確定てから全てのデータを発表するという。がん治療学会の「甲状腺がん診断ガイドライン」によると、偽陽性が生じる割合その多くは,濾胞性腫瘍の場合で、手術によって切除し、組織細胞を病理診断するまで、腺腫様甲状腺腫かどうかの判別がつかない。
 
こうしたことを考慮した上で、この7人について質問したところ、津田教授は、確率的に考えると6.3人が甲状腺がんと診断される可能性があり、これまでに3人とあわせると、甲状腺がんは9人または10人になると回答。また、細胞診断を終えて通常診療になっている60人余りの中に、偽陰性で、甲状腺がんと診断されていない子どもが10%いることも指摘した。


2×2の表にすると以下となる。




診断陽性7人、診断陰性66人(計73人)、感度90%、特異度90%とすると、真に病気の人数は?


7×0.9+66×0.1=12.9人、という答えは誤りである。診断陽性7人中、何人が真に甲状腺癌であるかを計算するには、7人に陽性反応的中割合をかけなければならない。しかしながら陽性反応的中割合は明示されていない。「確率的に考えると6.3人が甲状腺がんと診断される可能性があり」としているのは、陽性反応的中割合と、特異度(= 100% - 偽陽性率 )を取り違えたことに由来している

このインタビューでは、偽陽性率が10%という話に続いて、「10%という割合は、これは100%引く陽性反応的中割合というかパーセントの数字なんですけれどもね。7というのは陽性例ですので、7×0.9で、確率的には6.3例癌である」と津田教授は述べている。しかし、偽陽性率から陽性反応的中割合は計算できない。偽陽性率は、「100%引く陽性反応的中割合」ではなく、「100%引く特異度」である。陽性反応的中割合は「特異度や偽陽性率とは全く性質の異なる指標である」*1

冒頭の問題の答えは「陽性反応的中割合が明示されておらずわからない」である。「偽陽性率10%であるから、診断陽性7人のうち0.7人が偽陽性である」と考えるのは誤りである。よくわからない人はもう一度診断の正しさを評価するための2かけ2表を見直してほしい。偽陽性率は「診断陽性者中の偽陽性者の割合」ではなく「真に病気がない人のうちの偽陽性者の割合」である。

「細胞診断を終えて通常診療になっている60人余りの中に、偽陰性で、甲状腺がんと診断されていない子どもが10%いる」というのも誤りである。偽陰性率と「100%引く陰性反応的中割合」とを取り違えていることに由来する。以下に、特異度と陽性反応的中割合とを混同し、かつ、偽陰性率と「100%引く陰性反応的中割合」とを混同した場合の2×2の表を載せる。





特異度ではなく陽性反応的中割合が90%になってしまっているところに注目。


同様の誤りはネット上で多く見られる。偽陰性率10%を倍の2割に水増しして、『67人のうち「2割の確率で陽性=ガン」』などと計算しているサイトすらあった。「最小でも3人が甲状腺癌と確定診断された。残りについては確かなことは言えないものの、3人より多くなることは十分にありうる」でも、津田教授が鳴らした警鐘は十分な妥当性を持つだろうに。

医学者は公害事件で何をしてきたのか」では、水俣病の認定を巡り、「国の代弁をする学者」が、陽性反応的中割合と「100%引く偽陽性率」を取り違えるという同様の誤りを犯したことが指摘されている。低い陽性反応的中割合を示すことで「陽性反応的中割合が低いということは、偽陽性率が高いということだ。水俣病と診断された人の多くは偽陽性に過ぎない」という論法で、水俣病患者数を過小評価しようとした。このエントリーで述べたように陽性反応的中割合は「特異度や偽陽性率とは全く性質の異なる指標である」。感度・特異度、偽陽性率・偽陰性率、陽性反応的中割合・陰性反応的中割合はややこしい話であるが(表から目を離すともうわからなくなる。何度も見なおしたけど、このエントリーにミスがありませんように)、「御用学者」に騙されないためにも、注意していきたい。



津田教授のインタビューは■<甲状腺がん>原発の事故の話しが無ければ、「原因不明の多発」です3/6津田敏秀教授OurPlanetTV (文字起こし) - みんな楽しくHappy♡がいい♪を参考にしつつ、■甲状腺がん「被曝の影響、否定出来ず」〜疫学専門家インタビュー - YouTubeにて確認した。

偽陽性率/偽陰性率という用語については、偽陽性割合/偽陰性割合とするほうがより正確だと思われるが、慣例や引用部分との整合性から、そのまま使用した。

*1:「医学者は公害事件で何をしてきたのか」、P154