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自宅出産より病院出産の方が失血死のリスクが高い?

「自宅出産よりも病院での出産の方が失血死のリスクが高いと判明」したという記事。もともとはMail Onlineの記事。原著と読み比べてみた。


■【妊婦に悲報】自宅出産よりも病院での出産の方が失血死のリスクが高いと判明!!過度な医療介入が原因か?!英大学調査 | IRORIO(イロリオ) - 海外ニュース・国内ニュースで井戸端会議


英サザンプトン大学が50万件以上の分娩データを検証した結果、自宅出産に比べ、病院でのお産の方が分娩後出血による失血死のリスクが高いことが判明した。具体的な数値は不明だが、原因はお産への過度な医療介入とされている。促進剤で陣痛を早めたり、出産を促すための外科的な処置や、緊急の帝王切開の増加のせいで出産にのぞむ女性たちが危険にさらされているという。


サザンプトン大学というヒントから比較的容易に原著論文にたどり着けた(しかしいつでも容易にたどり着けるとは限らないので、こうした記事は原著を明示するか、せめて著者名を提示するべきだと思う)。サザンプトン大学のサイト→■27_pph_births。原著論文→■BMC Pregnancy and Childbirth | Abstract | Comparing the odds of postpartum haemorrhage in planned home birth against planned hospital birth: results of an observational study of over 500,000 maternities in the UK。open accessで全文タダで読める。

原著論文の結論

原著論文をざっと読んでみた。イングランドにおける1988年〜2000年にかけての50万超の分娩記録のうち、ハイリスク妊娠、誘発分娩、予定帝王切開、37週未満の早産などを除外した27万3872例の分娩において、予定された病院出産(26万7874例)と予定された自宅出産(5998例)を比較したところ、病院出産のほうが自宅出産と比較して分娩後出血のリスクが有意に高かった(2.5倍、95%C.I. 1.7〜3.8)とのこと。明示されていないけど、後ろ向きコホート研究でいいと思う。

IRORIO(イロリオ)およびMail Onlineの記事の疑問点*1

原著には失血死のリスクについては述べられていない。原著で調べられているのは分娩後出血(1000 mL以上の出血)である。母体死亡はきわめて稀であるので、統計的有意差があるかどうかを調べるのはたいへんである。なので、「母体死亡リスクに関係する潜在的マーカー」である分娩後出血を調べたのだ。研究方法としては妥当であるが、あくまでも「潜在的マーカー」なので、後述するように観察された分娩後出血が多いからといって失血死が多いかどうかはわからない。報道するのであれば研究の内容を正確に伝えるべきである。

「具体的な数値は不明」というのは意味不明である。上記述べたように原著論文に具体的数値は書いてある。「数値は不明」なのではなく、ライターが無能か怠惰なだけだと思う。

原因はお産への過度な医療介入とされているというのは、原著を読む限りでは誤りである。「オキシトシンやプロスタグランジンを使用するような誘発分娩」は分析から除外されている。なぜなら、誘発分娩は病院出産でのみ起こるため比較が不正確になるからである((たとえば、病院出産と自宅出産で実際には差が無いのにも関わらず、病院出産でのみ誘発分娩がなされるために、見かけ上病院出産のほうで分娩後出血が多くなる、といった可能性がある))。同じ理由で予定された帝王切開も分析から除外されている。緊急帝王切開は、病院出産でも自宅出産でも起こり得るために分析から除外されていないようだ(自宅出産中に病院に搬送され緊急帝王切開されたら自宅出産群として扱われる)。

原著では出産前リスクは評価されている

Mail Onlineおよび和訳記事がダメだとして、原著論文のほうはどうか。よくある誤解として、「高リスク妊婦は病院で出産するのだから、病院出産のほうが悪い結果の出産が多いのは当たり前」というものがあるが、その辺は考慮されている。高リスク妊婦は事前に分析から除外されているし、既知の交絡因子(出産歴、妊婦の年齢やBMI)に関しては多変量解析にて補正されている。

「自宅出産中に危険な状態に陥ったら病院に搬送されるので、結果的に病院出産群のほうが悪くなる」という点についても考慮されている。論文のタイトルに"planned(予定された)"と入っているのは、自宅出産中に病院に搬送された例も「予定された自宅出産群」としてカウントしているからである。ぱっと思いつくバイアスは補正されている。

バイアスの可能性

もちろん、ランダム化比較試験ではないので、何らかの未知の交絡因子が関与している可能性はある。たとえば、論文中では分娩後出血の既往が結果に影響する可能性が論じられている。分娩後出血の既往のある妊婦が予定された病院出産を選びやすく、かつ、分娩後出血の既往のある妊婦は再び分娩後出血を起こしやすいのであれば、他の条件がまったく同じでも、病院出産群で分娩後出血が多くなる(ただし、分娩後出血は稀な合併症であるので、分娩後出血の既往は結果に大きな影響を与えることはありそうにないとしている)。

私が一番気になったのは、分娩後の出血量の評価である。正確に測ってんの?特に自宅出産で。論文中には、「分娩中の出血量を正確に評価するのは困難である。しかし、病院での出血量の評価が自宅出産での出血量の評価よりも系統的に多いと仮定する理由が無いので、出血量の評価の不正確さが相対危険度の推定を偏らせることはありそうにない」とあった。

いやどうだろう?病院での出血量の評価が自宅出産での出血量の評価よりも系統的に多いと仮定する理由はいくらでもありそうに思うぞ。たとえば、病院出産の介助者は大量出血症例をより多く経験しているがゆえにキッチリ正確に出血量を測るが、大量出血症例の経験が乏しい自宅出産での介助者は出血量の測定が甘くなるとか。あるいは、自宅出産での介助者は「なるべく病院には搬送したくない」という動機が働くため出血量を過小評価してしまうとか。

「観察された分娩後出血」は「潜在的マーカー」に過ぎない。(50万例(分析対象は27万例)で統計的に意味がある差が出るのかどうかはわからないが)真のアウトカムである母体の死亡がどれくらいあるのかを知りたいところである。真に病院出産のほうが分娩後出血が多いのであれば失血による母体の死亡も多くなると予測される。一方で、自宅出産では不正確な測定によって出血量を過小評価しているのであれば、むしろ母体の死亡は自宅出産のほうで多くなるはずだ。ただ、いずれにせよ、数万例とか数十万例とかでようやく差があるかどうかであれば、あまり気にしなくてもいいかもしれない。


*1:たぶん無いだろうと思うけど、失血死や「お産への過度な医療介入」を論じた別の論文をサザンプトン大学が発表していた場合はゴメンナサイ。