NATROMのブログ

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標準医療をしなかった医師が提訴された

2011年12月22日付の西日本新聞朝刊に、医師に対して遺族が損害賠償を求め、提訴したという記事が載った。報道が正確だとすれば、訴えられた医師は代替医療を行っていた。




「がん有効治療せず」提訴

死亡女性遺族 医師に賠償求め

2011年12月22日付の西日本新聞朝刊より。



訴状によると、女性は昨年4月、大学病院で初期の卵巣がんと診断され、手術と化学療法を勧められた。しかし、手術を受けず、知人に紹介された同市中央区の内科診療所(今年9月に廃院)に約1年間、月2回ほど通院。病状は改善せず、今春には呼吸困難になったため家族が別の病院に連れて行ったところ、肺へのがん転移が判明。6月に亡くなった。
診療所の医師は「がん患者は何人も診ているから安心していい」と説明。毎回6万〜8万円の受診料で、マッサージやはり治療を施し、体操を指導、がんに効くという水を販売した。一般的ながん検査や治療はしなかったという。


癌に対して、マッサージやはり治療、体操、「がんに効くという水」が効果があるという良いエビデンスは存在しない。それほど害はないと思われるので、標準医療と併用した上で、こうした代替医療を行うという選択肢はあっていいが、それにしたって、毎回6万〜8万円の受診料は高いと個人的には思う。高価かどうかは主観なのでまだいいとして、問題は、亡くなった女性が標準医療を併用していなかったことである。



原告代理人弁護士は「女性は診療所に通えばがんが治ると信じ込まされた。個人的に西洋医学を批判しても、患者に対して一般的な治療法を説明しないことは医師としての義務違反だ」と主張。


義務違反については、原告代理人弁護士の言う通りである。新聞記事の見出しにある「がん有効治療」をしなかったことよりも、十分な説明をしなかったことのほうが問題だ。仮の話として、被告医師が標準医療および代替医療について十分な説明を行い、女性が十分に理解し納得した上で代替医療を選んだとしたら、医師が訴訟で負けることはないだろう。そのあたりのことは、裁判で明らかになっていくと思われる。

代替医療を行っている医師もピンキリであり、比較的まともな医師は標準医療を否定しないし、代替医療の限界も患者にきちんと説明している。訴訟対策でもあるのだろう。また、そういう医師が行う代替医療は、癌に対する免疫療法などの、現在のところはエビデンスが不十分とはいえ将来は標準医療となる可能性がないとは言えないものが多い。

あくまでも一般論であるが、「100年経っても標準医療になる可能性はないよね」といった代替医療を勧める医師は、標準医療を否定する傾向がある。そして、心の底から代替医療が効くと信じている。おそらくそういう医師は、裁判になっても、「代替医療の限界については患者に十分に説明した」などとは言わず、「この代替医療で治るのだ。西洋医学の方がインチキだ」などと主張すると思う。

日本の医療訴訟において、最近の患者側の勝率は1割台に低迷しているという*1。原告側も言いたいことはあるだろうが、一医師から言わせてもらうと、無理筋の訴訟が増えていることにも一因があるのではないか。いったいなぜ訴訟になったのかよくわからないケースも散見される。患者側に有利な証言をしてくれる鑑定医が少ないという話もよく聞く。「医師同士のかばい合い」などと言われるが、医学的に正しく証言しようとすると、どうやっても患者側に有利にならないというケースも中にはあるだろう。

一方、標準医療を否定して代替医療を勧めるような医師については、訴訟に持ち込んでしまえば、わりと簡単に患者側が勝つのではないか。患者側に有利な証言をしてくれる鑑定医にはいくらでもいる。アメリカ合衆国では仕事を求めて救急車を追いかける弁護士がいると聞くが、代替医療を専門にする弁護士がいてもいいのではなかろうか。