NATROMのブログ

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脳の中の「わたし」


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■脳の中の「わたし」坂井克之著, 榎本俊二著。


脳研究者による本。「脳科学」は、一部の脳科学者のために、いささか怪しい分野であるように見えるが、この本は大丈夫だ(と私は判断した)。私は未読であるが、著者の坂井は、「脳トレ」や「ゲーム脳」などの脳科学ブームを批判的に検証した本も書いている(■脳科学の真実--脳研究者は何を考えているか)。『脳の中の「わたし」』は、個々の実験の結果や症例の紹介が丁寧で、また、事実と解釈の区別が明確にされているのがわかりやすい。解釈には深入りしないので、哲学的になりすぎることもない。また、イラストが豊富である。「文章とイラストのコラボレーション・新しい科学読み物」というシリーズらしい。たとえば、表紙は、半側空間無視を表している。絵でわかる人もいるだろうが、「えの素」「ムーたち」などの作品で知られる漫画家の榎本俊二によるものである。坂井によるあとがきによれば



榎本さんの『ムーたち』などの作品を見ると、私が本書でお話している自我に対する問題意識が、すでに明確な形で取り上げられています。実は榎本さんと私という組み合わせは、担当者の個人的な強い思い入れとして、このシリーズの規格の初期からあったとうかがっています。(P122)


とのことである。担当編集者GJ。『「わたし」をあなたの身体に転移させる実験』をわかりやすく説明するためのイラストを紹介しよう。ビデオカメラを「先生」の頭の上にセットして、ビデオカメラの映像を映すゴーグルを「わたし」に装着する。「先生」が見ている風景を「わたし」も見ていることになる。これだけでは「わたし」の自我が「先生」に乗り移ったようには感じないが、「わたし」と「先生」が握手をして、1分間ほど握ったり力を抜いたりしているうちに、「わたし」が「先生」の身体に乗り移ったように感じられる。そこで、アシスタントのお姉さんがナイフで「先生」のお腹を刺す振りをするとこうなる。





ギャー*1


ビデオカメラを使わなくても、二人羽織でも似たようなことができるそうである。「わたし」は手をおろし、「先生」の手を前に出す。「右手をパーにしてください」「左手をチョキにしてください」という指示に「先生」が手の形を変えるのを30秒ほど続けると、「先生」の手を「わたし」の手のように感じはじめる。そこで、金槌で「先生」の手を叩こうとするとこうなる。






ギャー*2



身体の所有感覚を調べる実験では、いつも身体を金槌でたたこうとするとか、針を刺そうとするとか、そんな脅かしをするんだ。こうすることでこの身体を不当に自分の身体だと思っているかどうかを調べるんだ。(P41)


ということなのだそうだ。アシスタントのお姉さんは、ぜひとも「えの素」の葛原さんにやってもらいたかった(■「えの素 葛原さん」でGoogle画像検索)。


*1:脳の中の「わたし」、P18

*2:脳の中の「わたし」、P42