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食の安全と環境−「気分のエコ」にはだまされない


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■食の安全と環境−「気分のエコ」にはだまされない(シリーズ 地球と人間の環境を考える11)


松永和紀の新刊。ちなみに、和紀は、「かずのり」ではなく、「わき」と読む。本書のサブタイトルは『「気分のエコ」にはだまされない』。「気分のエコ」については、具体例を出すのがいいだろう。地産地消、つまり地域で取れた食品をその地域で消費することは「エコ」であると、一般的には考えれられている。確かに、遠くの外国から輸入するのと比較して、地産地消では食品を輸送するための燃料は少なくて済みそうだ。しかし、以下に引用する事例は、まったく「エコ」にはなっていない。



 たとえば、ある中国地方の団体が、地産地消活動の一環として、地元産のコメをレトルトパックのご飯にして売ることにした。だが、ご飯のレトルトパックは地元産業では作れないため、関東地方の企業にわざわざ地元のコメを持ってゆき加工したそうだ。「地産地消」の名目で、コメが日本列島を大横断している。
 あるいは、「安全でエコな生活を」と、休日に都会から地方の直売所に車で乗り付ける消費者も目立つ。大型乗用車に乗っているのは一人か二人。買うのはごくわずかな野菜、というタイプだ。快適なドライブで、地方のよい空気を吸って気分がよいのは分かる。だが、近くのスーパーマーケットに歩いて行って買う方が、おそらくうんと環境にはやさしい。スーパーマーケットに並ぶ野菜は多くの場合、効率よく大量生産され、エネルギー効率のよい大型船や鉄道、大型トラックで運ばれているからだ。(P18)


これは「気分のエコ」の非常にわかりやすい例である。他にも、地産地消が必ずしも環境に良いわけではない具体的な事例が挙げられている。たとえば、食パンの原料として、国産小麦と北米産小麦をCO2の排出量で比較すると、ほとんど違いがないそうだ。北米産小麦は燃料を使って輸送されてくる。一方で、国産小麦は、水分の含有量が多く、かなりの化石燃料を使って乾燥させなければ、カビ毒などの安全性に問題が生じる。輸送によるCO2排出量は、乾燥過程で排出によって相殺されてしまうのだ。あるいは、トマトについては、加温しない雨よけ栽培トマトを運んでくるより、地元の温室栽培のほうがCO2排出量が多い。

ならば、温室栽培をあきらめて、「地元の旬」のものだけを食べばよいのではないか?それはそれで、別の問題が生じる。環境問題はトレードオフ、つまり、「一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという二律背反の状態*1」の問題でもある。本書では、「環境」と「食の安全」が必ずしも両立しない、それどころかむしろ、「一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ない」という関係が頻繁に発生していると指摘されている。環境のことだけを考えれば、「地元の旬」のものだけを食べるのがよいかもしれないが、健康リスクが生じるかもしれない。たとえば、日本の火山国であり、土壌中のカドミウム濃度が高い。地域によっては食用にできないほどのカドミウム濃度の高いコメができる。



 皮肉なことだが、コメのカドミウム濃度が高くても、日本人が健康影響を心配せずにすむのは、コメを食べる量が減ったからだ。最近は「コメを食べて自給率を上げよう」という運動が盛んだが、日本人が再びコメを大量に食べるようになれば、カドミウムの摂取量は増え健康影響をもたらす可能性もあり、規制をより厳しくする必要が出てくるかもしれない。
 諸外国に比べて食品中の含有量が高いのは、カドミウムだけではない。ほかにも、土壌条件や食習慣などから、日本の方が諸外国に比べてはるかにリスクが高くなっている食品は少なくない。(P15)


国立医薬品食品衛生研究所の畝山智香子・主任研究官*2によれば『世界中からあらゆる食品を輸入している現在の日本の状況の方が、リスクの分散ができているという意味で「より安全」と言える』のだそうだ。栄養学的にも、選択肢が多いほうが容易にバランスの良い食事が可能になる。「栄養価の高いトマトをはじめとする生鮮野菜を年間を通してふんだんに食べる生活が実現して、日本人は健康になった。健康面を考えると、地元産や旬だけにこだわらず、さまざまな農産物を運んできて食べることもまた、重要なのだ(P14)」

ここでは、地産地消の例を挙げたが、この本ではさまざまなトレードオフの事例が挙げられている。除草剤を撒く代わりに、化石燃料を消費しつつ草刈りをするのは環境によいか?毒性の強いとされる農薬DDTをマラリヤ予防に使うのは?アイガモ農法は人獣共通の寄生虫の感染症のリスクにならないか?保存料無添加にこだわると、冷蔵のためのエネルギーの無駄や食品の廃棄が増えるのではないか?

一つ一つの事例が具体的だからわかりやすい。食育では、食の安全と環境はトレードオフの問題であることを教えるべきであるのに、安易な添加物・農薬・遺伝子組み換え作物批判にしかなっていない例をよく聞く。それは、「気分のエコ」に騙されているにすぎない。本書は、そうした誤解を解くための役立つだろう。


*1:URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%AA%E3%83%95

*2:■食品安全情報blogの人。畝山氏による■ほんとうの「食の安全」を考える―ゼロリスクという幻想も読む価値のある本だ。「食の安全と環境」と比較すると、やや専門的に感じるが、挿絵に味がある。