NATROMのブログ

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癌性疼痛の除痛すら否定する安保徹と上野紘郁

日本ビジネスプレスに、■若者よ、新型インフルエンザに大いにかかれ*1という記事が載ったのをきっかけに、安保徹批判のエントリーを書き始めたのだが、その際にあまりにもひどい主張を見つけたので、先に言及しておく。安保徹氏は新潟大学大学院教授で、「免疫学の世界的権威」とされているが、臨床的には根拠のない主張を行っている。上野紘郁氏は、日本臨床代替医学会を設立し、「独自処方の代替療法で治療する名医として話題を集めている」そうだ。

■現代医療はがん患者を助けられるのか?【対談】安保 徹 & 上野 紘郁


安保


ガンの末期になると、痛みが強くなります。WHOが痛みを取り除く方法などと言って、麻薬(モルヒネ)の使用を推奨しています。私は、それにも反対です。


癌の除痛に対するモルヒネの使用は、安全性が高く効果のある治療法として国際的にも推奨されている。末期に限らず、癌性疼痛の際には積極的に使用してよい。疼痛対策で使用する限りにおいては、精神依存は形成されない。自分でも認めておられるようだが、安保徹氏および上野紘郁氏は世界標準の医療を否定していることをまず確認しておきたい。たまに、「日本では異端視されているが国際的には認められている」という理屈で代替療法が擁護されることがあるが、安保徹/上野紘郁の主張は国際的にみてもトンデモである。



上野


麻薬は法律で禁止されているのに、ガンの末期になったらどんどん打てだなんて、矛盾していますね。


これはマジで言っているのだろうか。臨床的に有用であれば、麻薬だろうがなんだろうが、使用すべきである。もちろん、目的外使用されるとまずいので、麻薬は厳重に管理されている。



安保


本当にそう。そんなに麻薬がいいなら、若い人にも開放すべきなんです。

麻薬を使うと、リンパ球がすぐに、すべて破壊されます。麻薬を使い始めると、2、3日はハッピ−でいられる。でも、目は虚ろだし、コミニケ−ションできません。

最近、困るのは、若い医者たちが、ガン患者さんのために痛みの予防として使い始めたことです。私は「未来免疫療法」ならば、末期の患者さんでもガンが消える可能性があるのに、麻薬を使ってしまうとその可能性がゼロになる。


これはひどい。本当にひどい。もし、安保徹氏のこの主張を本気にする患者さんがいたらと思うとゾッとする。「麻薬を使うと、リンパ球がすぐに、すべて破壊されます」というのは根拠がない嘘である。モルヒネを使用した患者さんの採血をしてみたらすぐわかる。どうしてそのようなすぐにばれる嘘をつくのか。「麻薬を使い始めると、2、3日はハッピ−でいられる。でも、目は虚ろだし、コミニケ−ションできません」というのも嘘である。麻薬を使うときは少量から開始するので、むしろ最初の2-3日は痛みが残っていることが多い。適量を使用すれば、目がうつろになることもないし、コミュニケーションだってできる。むしろ、痛みから開放されて明るくなる。臨床を知らないのに思い込みでデマを流さないでほしい。



上野


本人の意思に反して麻薬を使っちゃうからいけないんです。安楽死が禁じられているのに、麻薬を使うというのは、実際に、殺人にも等しいと私なんかは思っています。

国立がんセンター疼痛科やペインクリニックの医者が、末期ガン患者に麻薬を使わないなんて邪道だと、堂々と本に書いてます。そういうお墨付きなものだから、みんなお使い始めた。

末期がんの患者さんのところにお見舞いに行くと、ボーッとしているんですね。だから、「この麻薬を入っている点滴を止めてください」って僕が言うの。そうしたら、次に行ったときはスキッとして、普通にしゃべって、普通に歩けるんですから驚きです。

現代医療が病人をつくる、そして殺してしまう、ということですね。


モルヒネは除痛を目的とするから、意識障害のある人には使う必要がない。よって十分に説明してから使う。「本人の意思に反して」使うことは基本的にはない。安楽死と麻薬の使用も全然違う。麻薬を使用したからといって寿命が短くなることはない。「国立がんセンター疼痛科やペインクリニックの医者」に限らず、癌除痛に麻薬を使うのは国際標準である。麻薬の投与は経口が基本であり、点滴で使うのは経口製剤も座薬も貼付剤も使えないときぐらいだ。上野紘郁氏の、麻薬の入っている点滴を止めさせた逸話は、作り話である可能性が高い。ちなみに、麻薬を使っていても「スキッとして、普通にしゃべって、普通に歩ける」患者さんはざらにいる。外来で麻薬を使うこともあるくらいだ。



安保


私は、ガンの痛みも治癒反応だと思います。さっきは転移のときに熱が出るって言いましたけど、末期の痛みでも熱が出るものなんです。でも、その痛みはガンを殺す闘いの反応なんです。だから、患者さんに「その痛みを死ね気で一週間我慢していてごらん。そうしたら、ガンは見事に消えるよ」と言うんです。

自然に、体が温熱療法をするようになっているなんて凄いですよね、生体反応は。例えば、紫外線を浴び過ぎて日焼けをしたときに、皮膚がほてる。あれも、壊された組織を修復するための治療反応です。しもやけで腫れ上がるのもそう。ガンだって、治す力が必ず備わっている。


未治療の癌の経過を知らないのか。十分な除痛をしなかったころの癌は自然治癒していたのか。私の経験だが、当直中に癌性疼痛の患者さんが飛び込みで受診したことがあった。他院で癌と診断されたのだが、標準的治療を嫌って民間療法に頼っていた。その民間療法の「治療者」に「病院の薬は毒だから、服用はもちろん、家の中に置くのもいけない」と言われて、他院で処方されていた痛み止めの薬を捨てていたのだ。しかし、癌が治るわけもなく、痛みは増すばかりで、いよいよ耐え切れなくなって、「治療者」に連絡したところ、「病院に行け」と言われて私の当直していた病院に受診したのだ。

この患者さんは、痛みを死ぬ気で我慢していたのだろう。でも、癌は治らなかったし、痛みも引かなかった。まだ我慢が足りなかったのだろうか。この患者さんについては、麻薬を使うまでもなく、通常の痛み止めの座薬で痛みはコントロールできた。癌をも治せるはずの「治療者」がまったく手の施しようのなかった痛みが、座薬一つでとれたのだ。ちなみに、この種類の痛み止め*2も安保徹氏は否定している。安保徹氏は、この患者さんを苦しめた「治療者」と同罪である。癌に対する除痛すら否定するならば、明確な根拠を示せ。私の心性の下劣さをお見せするようで心苦しいが、正直に言おう。「安保徹と上野紘郁は癌になればいいのに」と思った。死ぬ気で痛みを我慢して治してもらいたい。


情報を求めて来た患者さんのためにもう一度明確に言います。癌性疼痛に対しての麻薬の使用は、世界標準治療です。除痛に対して適正に使用すれば、中毒にはなりません。麻薬を使用したからといって命を縮めることにはならず、むしろよく眠れ、食欲も増すことから、生活の質を高めます。麻薬の使用に不安になることは当然です。その場合、主治医によく相談したり、あるいは信頼できる機関の情報を得てから判断してください。


*1:URL:http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/1989

*2:NSAIDs