NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

どうして日本は癌大国になってしまったのか?

癌大国であることはむしろ誇りである

日本人の死因の1位は悪性新生物(癌)である。1980年ごろから、脳血管疾患を抜いた。WHO Mortality Database*1で調べてみると、2006年で日本の総死亡数は108万4450人、うち悪性新生物が原因なのが32万9314人で、総死亡の30.4%を占める。ちなみに、イギリス 27.0%、アメリカ合衆国 22.8%、イタリア 27.0%、ドイツ 25.7%、フランス 28.2%であった。ダントツとはいえないまでも、日本は確かに癌による死亡率は高い。ではその原因は?「化学物質」「食物添加物」による汚染や、「放射線」「石油から作った薬」などの不適切な医療が原因だという主張もあるが、間違いである。以下は、食生活の変化が原因だという主張。


■どうして日本は癌大国になってしまったのか?(食と健康)*2


今日本で、ようやく食育に取り組み始めてきましたが、実際には「なんとなく食育」であってほとんどが本筋から外れ、脇道にそれながら何か食べ物の話をしているという感じです。
それは、食教育とは何か教えられる人が少なくなったところへ、意図的に国の政策によって欧米化路線を歩まされているところに原因があります。だから国家試験に合格した栄養士さんには、残念ながら食育は出来ないのです。
もし栄養士さんに食育を任せてしまえば、国の指示通り、バランスよく食べなさい、30品目食べなさい、カルシウムにたんぱく質にビタミン、ミネラル・・・と栄養素攻撃です。それが何故悪いのかという事はもう少し後回しにして、今現在の日本人の健康状態はどうでしょう?
死因の3分の1は癌です。具体的にいうと確率的には3人家族であれば誰か1人は癌で死ぬという事です。こんな国世界中探してもありません。人口の3分の1が癌で死ぬ国なんて日本だけなんです。なぜこのようになったのか?理由は明白です。食生活ががらりと変わったからです。

完全に不正解とは言えないが、重要な点が抜け落ちている。日本が癌大国になってしまった理由は、食生活や公衆衛生、医療環境の改善により、他の病気で死ななくなったからだ。癌の死亡率を下げるだけならば簡単である。環境を戦前に戻せば、多くの人が癌に罹る前に結核や脳血管障害で死亡するようになり、結果的に癌による死亡率は下がる。国際比較でも、平均寿命が短い国ほど癌の死亡率が低い。日本は平均寿命も、健康寿命も世界一である。長寿であるがゆえに癌に罹る人が多いのだ。少なくとも現時点で、癌による死亡率が高いことを恥じる必要はない。むしろ、誇るべきことだ。


日本人は癌に罹りやすくなっていない癌で死にやすくなっていない

現在の日本人は、過去の日本人、あるいは外国人と比較して癌に罹りやすいと主張されることがある。しかし、癌は高齢者ほど罹りやすいため、現在の日本のような高齢化社会で癌の罹患率・死亡率が高いのは当然である。比較するならば、年齢調整をしなければならない。悪性新生物(癌)を含めた日本の三大死因の年齢調整死亡率の年次推移のグラフを引用する。





三大死因の年齢調整死亡率の年次推移*3


グラフを見てもらえればわかるように、男性では平成7年ごろをピークに、女性では昭和35年から一貫して、悪性新生物による年齢調整死亡率は下がっている。つまり、同じ年齢であれば、昔と比較して日本人が癌に罹りやすい癌で死にやすいということはない。国際比較ではどうか。





男女別悪性新生物年齢調整死亡率*4


年齢調整後では、日本の癌死亡率は高くないことがわかるだろう。日本が癌大国であるのは、癌で死にやすかいからではなく、長生きだからである。


不安を煽る連中に気をつけよう

以上のように、日本が「癌大国」であるのは長寿ゆえの見かけ上のものである。しかし、現代医学・現代科学を否定する一部の人たちは、科学的根拠のない自説の補強のために、日本の高い癌死亡率を持ち出す。牛乳有害論や紙オムツ否定ぐらいならともかくとして、これらの主張はしばしば予防接種やステロイドの否定につながる、子供の命を奪いかねないものだ。長寿が主因であることに言及せず、日本の高い癌死亡率について述べる人は、統計について無知であるか、あるいは故意に隠しているかである。いずれにしろ、信用しないほうがいい。たいていの場合、自分の気に入らない何か(最近の食生活や「化学物質」など)が癌の原因であると科学的根拠なしに断定している。ちなみに上記引用した「食と健康」では、


■30品目食べさせる栄養指導は、日米貿易の緩和政策だった(食と健康)*5


食事バランスガイドと称して厚生労働省や農林水産省がコマの絵を使って、国民に世界中のものを食べさせようとしていますが、以前は30品目と断言していましたが、最近は我々のような正しい食育活動の広がりによって自粛してきました。しかし、日本人に世界中の食べ物を摂るように推進して、病気にしようとする政策は、変える気が無いようです。


とも書いている。「メタボリックも生活習慣病も本当は国策病」で、スパゲティやチーズやヨーグルトも外国の食べ物なのでダメだそうだ。予防接種も否定。ただの素人が書いているのならスルーするところだが、このブログ主は、「生活習慣病予防指導士」「食育指導士」「食生活管理士」という資格を持ち、食育講演会、食育講座をやっているそうだ。学校の先生が鵜呑みにしたと考えると恐ろしい。そういう資格を持った人にこそ、きちんと統計の基本を勉強して、安易なトンデモ論を批判していただきたいのに。まあ、国家資格をもった医師の中にも、一部、トンデモな人も混じっているわけで、仕方がないのだろうか。



*1:URL:http://www.who.int/healthinfo/morttables/en/ Table 1: Number of Registered Deathsから国を選択し、All causesの男女合計をMalignant neoplasmsで割った

*2:URL:http://syokutokenkou.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_5419.html

*3:URL:http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/other/05sibou/03.html

*4:URL:http://ganjoho.ncc.go.jp/professional/statistics/digest/digest01.html

*5:URL:http://syokutokenkou.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_5b1e.html