NATROMのブログ

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化学物質過敏症の病名登録について

毎日新聞にて、■化学物質過敏症:治療に健保適用、70万人救済に道 10月から病名登録という記事が掲載された。



 電子カルテシステムや電子化診療報酬請求書(レセプト)で使われる病名リストに、「化学物質過敏症(CS)」が新たに登録されることが11日分かった。10月1日付で厚生労働省と経済産業省の外郭団体・財団法人医療情報システム開発センター(東京都文京区)が改訂を予定している。国が公式にCSの存在を認めるのは初めて。健康保険で扱われる病名はこのリストに連動しており、改訂されれば、自己負担が原則だったCS治療に健保が適用されるため、推定約70万人とされる患者救済の大きな一歩となる。【宍戸護、田村佳子、河内敏康】

 厚労省にCSを公認するよう求めてきた患者団体・シックハウス連絡会(東京都)によると、同省から今年5月、センターへ病名の登録を要望するように勧められた。6月1日にセンターから「CSを10月1日に採択予定になった」と連絡があったという。

 CSの一種の「シックハウス症候群」は既に健保の適用が認められている。しかし、シックハウス症候群がホルムアルデヒドやトルエンなど室内の空気汚染で発症するのに対し、CSは農薬散布やたばこの煙などが原因で室内外を問わない。このため、厚労省は「医学的に統一した見解が確立されていない」として健保の適用を原則認めなかった。


いろいろ突っ込みどころがある記事である。まず、患者数70万人という推定は、発表者本人が「感度・特異度ともに課題を残している」と認めており、妥当性はない*1。『CSの一種の「シックハウス症候群」』という表現も誤り。これまで化学物質過敏症に健保の適用が認められなかった理由もおかしい。原因物質について室内外を問わないことは、健保の適用が認められなかった理由ではないだろう。記事中「このため」という接続詞は意味不明である。「医学的に統一した見解が確立されていない」というのは健保の適用が認められなかった理由として妥当である。より正確に言えば、「(多種類)化学物質過敏症の疾患概念は医学界の主流からは認められていない*2」のであるが、あまりマスコミは報道しない。これまでは「医学的に統一した見解が確立されていない」から健保の適応を認められていなかったのに、10月からは健保が適用されるというのであれば、「医学的に統一された見解が確立された」か、「医学的な統一見解がなくても健保適応を認めることもあるとルールを変更した」かのどちらかである。私が知る限り、最近、化学物質過敏症について医学的に統一された見解が確立されたということはない。医学的な疾患概念の妥当性とは別に、患者救済のための政治的な配慮だというのならば、まだ理解できないでもない。しかし、■厚労省の愚?:化学物質過敏症保健病名へ?(内科開業医のお勉強日記)で指摘されているように、「医学を超越して疾患が定着してしまうことの危険性」のほうが大きいと私は考える。医学的な根拠が確立されていないにも関わらず、「国が公式にCSの存在を認めた」などと宣伝に利用されてしまう。

ただ、実際の診療の現場では、これまでとはあまり変わらないのではないか。病名マスターのリストに登録されることと保険請求できることは無関係であるようだ。id:bn2islanderさんがブックマークでリンクされた■2006年11月2日【厚生労働省、要望事項への回答?】(手作り「かなりや通信」/ウェブリブログ)には健康局・生活衛生課の回答として「[病名マスターに]載るかどうかというのは、請求が出来るかどうかとは無関係です」というコメントが引用されている。また、■レセプト電算処理システム 傷病名マスター改訂の概要(PDFファイル)には、「傷病名マスターの改訂は、以下のような方針で行われました(中略)自費診療しかできない傷病名も、単独では保険請求できないことの区分情報を付与した上で、可能な範囲で追加する」とある。健康保険が適用されるとしても、化学物質過敏症に対する特別な治療はこれまで通り自費診療となる。北里研究所病院のサイト*3では、「医師が必要であると判断した場合には、マルチビタミン剤、ミネラル類、解毒剤等の点滴療法や酸素療法を行うこともあります。点滴療法や酸素療法は自費となります」とある。これまでもマルチビタミン剤やミネラル類については適当な保険病名をつけて保険請求していたのであろうし、化学物質過敏症が病名登録されて以降も、別に「点滴療法や酸素療法」が保険適応になるわけではない。今回の病名登録については、象徴的な意味合いが強いと私は考える。


*1:参照:■化学物質過敏症:成人患者推計70万人?

*2:参照:■化学物質過敏症に関する覚え書き

*3:URL:http://www.kitasato-u.ac.jp/hokken-hp/consultation/guide/diagnosis/allergy/index.html