NATROMのブログ

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機能性低血糖症の疾患概念はグレー

血糖値の異常な変動が精神的・身体的症状と関連するという主張がある。■20年来のつらさがほぼ消えたことについてにて体験談が述べられている。糖尿病治療薬やインスリノーマ(インスリン分泌腫瘍)などによる通常の低血糖症と区別するために、ここではこうした主張に関連する低血糖症のことを機能性低血糖症と呼ぶ(反応性低血糖症とされていることもある)。まず注意すべきは、通常の低血糖症と、機能性低血糖症は異なる疾患概念であることだ。

通常の低血糖症はよく見る。症状は、軽症であれば、手の震え、眠気、発汗、動悸などで、重症では昏睡に陥る。治療はブドウ糖の内服や静脈注射を行い、通常は治療に速やかに反応する。■低血糖(メルクマニュアル)や、■低血糖症(goo ヘルスケア)で述べられているのは、通常の低血糖症のことを指す。私の知る限りにおいて、通常の低血糖症を起こす人たちが、キレやすくなったり、うつ病になりやすかったりはしない。

一方、機能性低血糖症は、「激しい落ち込み、時に爆発する怒り、恐怖感、自殺観念、情緒不安、多動傾向、自傷行為」などの精神症状を示すとされる*1 。しかも、低血糖時のみではなく、血糖値とは無関係にこうした症状が現われる。血糖値の絶対値よりも、血糖値の変動やインスリン分泌の機能失調、カテコラミンの分泌が重要視されているようである。「血糖値の変動が情緒不安等の症状を引き起こす」という仮説自体は、荒唐無稽ではなく、証拠があれば十分に信じられる部類に入る。しかしながら、現時点では十分な証拠に欠けている。

機能性低血糖症の疾患概念はグレーであり、しかも黒に近いと私は考えている。機能性低血糖症は、マクロビオティックや分子矯正医学と強く関連しているが、マクロビも分子矯正医学もどちらもまっとうな医学とはとても言えない。機能性低血糖症についての医学論文を探してみたが、信頼できそうなものを発見することはできなかった。「治療」という雑誌に、柏崎良子による「機能性低血糖症の症例と治療」という論文*2が掲載されていたが、驚くべきことにこの論文には参考文献が一つも提示されていない。5例ほど症例提示がなされていたが、必ずしも機能性低血糖症の疾患概念を支持するものではないように私には思われた。

この論文や、あるいはネット上では、ニューボールドの診断基準によって低血糖症を診断するとされている。


低血糖症の診断(Dr.ニューボールドの診断基準による)

75gOGTTを5〜6時間行い、ブドウ糖の値に関して、次の5つの項目に1つでもあてはまるものがあれば低血糖症と診断する。
1.  5時間のOGTTで絶食時の血糖値より50%mg以上上昇しない場合。
2.  5時間のOGTTで絶食時の血糖値より20%mg以上下降した場合。
3.  5時間のOGTTの間にどの時点でも1時間に50mg以上下降した場合。
4.  5時間のOGTTで絶対値50mg以下を記録した場合。(65mg以下は疑わしい)
5.  血糖値のカーブに関わらずOGTT実施中に、めまい、頭痛、混乱、発汗、憂欝等の症状が現れた場合。

「低血糖症の診断」とあるが、正しくは「機能性低血糖症の診断」である。原典にあたりたかったが、参考文献が提示されていないので見つけられなかった。"hypoglycemia newbold゛でpubmedで検索してもゼロであった。一般的に受け入れられている診断基準ではない。ネット上にニューボールドの診断基準を知らない産業医に対して不満を述べている体験談があったが、別に知らなくても当然だと思う。なんらかの診断基準をつくって仮説を検証するのはかまわないが、そうした検証がなされたかどうかわからないのであれば、その診断基準に価値はない。そもそも、「めまい、頭痛、混乱、発汗、憂欝等の症状が現れた」だけで、血糖値のカーブが正常であっても機能性低血糖症と診断できてしまうのは奇妙だ。病名と病態が一致していない。「1〜4のいずれかの場合に一致して症状が出現すれば機能性低血糖症と診断する」のなら理解できる。

なんらかの糖代謝異常が示唆される症例や、食事によって症状が改善する症例があるのは確かなようである。そのため、真っ黒ではなくグレー、あるいはトンデモタグではなく医学タグにした。ここからは私の邪推であるが、機能性低血糖症の診断・治療は、高価なサプリメント販売のためではないだろうか。顧客は多いほうが儲かるので、できるだけ多くの患者が機能性低血糖症と診断されるよう診断基準はかなり緩めにつくる。まともな医学論文を書くと、サプリメントの効果の証明を要求されるので書かない。柏崎による論文には、とくに根拠を示さずに、「インスリンレセプターの感受性を高めるためにビタミンC投与が有用」「ナイアシンは低血糖時に分泌されるアドレナリンやノルアドレナリンが酸化されてアドレナノクロム、ノルアドレノクロムに進む反応を抑制する作用があり幻聴、幻覚を抑える働きがある」などと書かれてあり、不安になる。査読はなされたのであろうか。小内亨*3の「サプリメントの使い方 利点と弊害」と並べたのはわざとなのか。






玉石混交


*1:柏崎良子、治療 85巻11号 Page3029-3036(2003)

*2:柏崎良子、治療 85巻11号 Page3029-3036(2003)

*3:小内先生の健康情報の読み方は必読ですよ。