NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

ドラクエが医療を崩壊させた

日本の医療が危機に瀕している原因は複数あるが、その一つに医療訴訟の増加が挙げられる。医療者に過失があって訴えられるのは仕方がないが、過失がなくとも結果が悪ければ訴えられることもあるのだ。医療訴訟の背景には、医療の不確実性に対する理解不足があるように思える。「過失がなければ問題なく治って当然」、言い換えれば、「結果が悪かったのであれば、なんらかの過失があったに違いない」という訳だ。医療者から十分な説明を行っても、こうした思い込みのある患者さん/ご家族に十分納得していただくことは難しい。

昔から、というか昔のほうが、「結果が悪かった」医療行為はあったし、患者さん/ご家族への説明も、昔と比較すれば現在の方がずっと丁寧に行われている。にも関わらず医療訴訟が増加してきたことには、何らかの説明が必要だ。ここ何十年かの間の日本に、医療の不確実性に対する理解不足をもたらす何かがあったのだ。ドラゴンクエストがその一つであるという仮説を提示したい。より正確には、ドラクエにおける、死亡したキャラクターの蘇生のシステムが医療の不確実性に対する理解不足を、ひいては日本の医療崩壊をもたらしたという仮説である。

いまさら説明する必要もないと思うが、ドラクエはロールプレイングゲームである。ドラゴンクエスト2以降はパーティ制(複数のキャラクターが戦闘に参加)を採用しており、キャラクターの誰かが死亡した場合、何らかの手段で蘇生させる必要がある。レベルが進むと蘇生のための呪文を覚え、あるいはアイテムでも蘇生できるが、序盤は教会に行ってお金を払い、「いきかえらせる」ことになる。お金さえ払えば、失敗することなく、確実に蘇生する。プレイヤーは専門家のいる施設へ行き、正当な対価を支払いさえすれば、確実な結果が得られることに慣れてしまう。これがいけない。

一方、より現実的なシステムを採用しているのが、ウィザードリィである。ウィザードリィにおいても、死亡したキャラクターをカント寺院という施設で蘇生させることができる。ドラクエと異なるのは、カント寺院では蘇生に失敗しうることだ。死亡状態からの蘇生に失敗すると、より悪い「灰(ASH)」という状態に陥る。蘇生に失敗してもカント寺院が返金することはなく、それどころか、灰からの蘇生には、より高い対価を要求する*1。この点において、ウィザードリィは現実の医療を実にリアルに表現している。医療行為に伴なう合併症によって入院期間が延びたとしても、過失がなければ、医療機関がその分の医療費を負担することはない。

このようにウィザードリィでは、プレイヤーが医療の不確実性について誤解する恐れのない蘇生システムが採用されている。難を言えば、「患者」への共感の欠如と説明不足が問題か。カント寺院は蘇生に失敗しても一切謝らない。しかし、たとえ過失がなくても、「最善は尽くしたのですが、結果的に灰になってしまいました。申し訳ありません」などと、「共感表明謝罪」ぐらいはしてもよいだろう。

また、ゲームの説明書には蘇生が失敗する可能性は書いてあるが、カント寺院からは一切説明がない。蘇生処置そのものに過失がなかったとしても、説明義務違反で訴えられれば負ける。十分な説明および同意、つまり、インフォームドコンセントが必要であろう。たとえば、こんな感じ。





医療制度に優しい死者蘇生システム(WOLF RPGエディターにて作製)


*1:お金が足りなかったら、カント寺院の連中は「背教者」呼ばわりして追い出す。彼らには応召義務なんてない。