NATROMのブログ

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偽科学発見テスト〜腸内造血説より

■偽科学発見テスト(finalventの日記)において、Wikipediaの脚気の項目に偽科学的な説明が含まれている可能性が高いと指摘されている。正直、私はWikipediaの記述のどこに問題があるのか分からず、finalventさんの回答を心待ちにしている。finalventさんのテストはあまりにもレベル高すぎなので、もうちょっと簡単なバージョンを作ってみた。


追記:※念のため。腸内造血説は完全にニセ医学です。そのことを踏まえて、あえて腸内造血説をもっともらしく擁護してみせたのがこの記事です。


問題:以下の文章には偽科学的説明が含まれる。科学的説明の逸脱とその理由を説明しなさい。



■骨髄 - Wikipedia


骨髄は血液に富み、あらゆる血球系細胞(赤血球、白血球、リンパ球、血小板のもとになる巨核球など)に分化できる造血幹細胞が存在する。マウスにおいては一個の造血幹細胞を移植することによって、すべての造血系細胞を再構成させることができることが証明されており、ヒトにおいても骨髄移植は白血病など造血系の疾患の根治的治療として有効である場合がある。造血機能を営んでいる骨髄は赤色を呈するため赤色骨髄(あるいは赤色髄)、造血機能を失い脂肪化している骨髄は黄色を呈するために黄色骨髄(あるいは黄色髄)と呼ばれる。



骨髄は造血組織であるという説です。「骨髄で造血されることもある」という命題なら科学的に間違っていません。しかしながら、正常な造血の場がどこかという問題について、Wikipediaには触れられていません。造血幹細胞を移植されたマウスは、放射線を照射されたというきわめて不自然な状態であることをWikipediaが言及していないことに注意(故意?)。骨髄移植は「骨髄のみで造血がなされている」という科学的説明になっていません。

骨髄造血説に反する仮説として、「主な正常造血の場は腸である」という腸内造血説が存在します。日本の医学博士によって提唱され、複数の専門家が支持しています。腸内造血説では、主な造血の場は骨髄ではなく、腸だとされます。腸で食物から赤血球が作られ、その赤血球がさまざまな体細胞に分化するのです。骨髄移植がときに有効であるのは、骨髄に赤血球が含まれているためという可能性があります。病理学教授が、医学論文で、「幹細胞は幻の細胞である」と書いたこともあります。現代の日本では腸内造血説は支持されていませんが、ケルブラン博士やステファノポリー博士が支持していることから、意外と欧州側ではこっそり単に通説かもしれません。新鮮な赤血球輸血が癌の再発を抑制するという知見や、肝移植後に血液型が変わるという症例は骨髄造血説では説明できず、腸内造血説で説明できます。

骨髄造血説が間違いということになると、これは大問題です。ただすというなら穏和な形で修正しないと、多方面にご迷惑がかかりそうな問題なんで、科学的に正しいから正しいというふうに押していいかも疑問です。この文章で、ちょっと引くというかぼやかしていたところもあるのはそのためです。こういう寝た子的な「定説」って日本が絡んでるものが多いような気がします。

いずれにしろ、腸内造血説という仮説があるのだから、断定的に骨髄造血説が正しいと書くのは間違いです。骨髄移植が骨髄造血説から生まれ、科学の勝利的に治療法として膾炙したというのは分かります。科学者達も人の子ですし。ただ少数意見を尊重するという民主主義の視点からも、いかにも拙かったなという感触ですね。Wikipediaだけでなく、医学文献においても腸内造血説について、何らかの意図があるかの如く言及が避けられています。ただただ腸内造血説に対する意図的とも言えるオミットがもの凄く違和感ですね。

まとめ。一般的に腸内造血説はトンデモ説であり、ごく単純な知識と常識があれば既決だとされていますが、それは正しいのでしょうか。様々な資料を検討してごらんなさいというのがこのテスト。話を早急に知りたいかたは以下の参考書籍・論文をお読みになるとよいでしょう。


議論の参考となる書籍論文

  • 妹尾左知丸(岡山大学病理学教授) 幹細胞論批判 最新医学 28号9巻 Page1664-1672(1973)
  • 酒向猛(名古屋大学 第2外科), 市橋秀仁, 中尾昭公, 他 「赤血球の細胞増殖促進作用についての研究(癌性貧血との関係より)」 日本癌治療学会誌 22巻6号 Page1217-1224(1987)
  • 千島喜久男(医学博士) 血球の起源と腸造血説第2巻 株式会社 地湧社
  • Goodman, J.W. and Hodogson, G.S. Evidence of stem cells in the peripheral blood of mice. Blood 19:Page702-704(1962)
  • Atzil S et.al Blood transfusion promotes cancer progression: a critical role for aged erythrocytes. Anesthesiology. 109(6): Page989-997 (2008)
  • Alexander SI et.al. Chimerism and tolerance in a recipient of a deceased-donor liver transplant. N Engl J Med. 24;358(4): Page369-74 (2008)