NATROMのブログ

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有害米と肝臓癌死亡数の増加は無関係

「肝臓がん患者は事故米が流通し始めた10年前から西日本を中心に爆発的に増加中」という指摘がある。■「企業努力とテクニックで」 有害米、なんと正規米にも混ぜて出荷…三笠フーズ*1(痛いニュース(ノ∀`))の63より引用。



肝臓がん患者の推移の資料図

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自然界における 「最強の発がん性物質」 アフラトキシンB1
(0.0015ppm = 10億グラム中に1.5グラムの濃度で、 100%発癌 )
                                ^^^^^^^^
に汚染された毒米が *10年以上に渡って* 食用として転売されていました。


資料図そのものは、国立がんセンター対策情報センターによる。一部の人は、肝臓癌の死亡が西日本で多いこと、肝臓癌の死亡数が1995年で不自然に上昇していることを不安に思ったようだ。しかし、どちらも事故米以外の要因で説明可能だし、むしろ事故米では説明できない。日本における肝細胞癌の原因の90%が肝炎ウイルスの持続感染である。大雑把に言って、C型肝炎ウイルスが80%、B型肝炎ウイルスが10%である。C型肝炎ウイルスの感染率は西日本で多く、そのため肝臓癌の死亡が西日本で多い。県別のHCV(HCV=C型肝炎ウイルス)感染率の図を参考に挙げておく*2。C型肝炎ウイルスの感染率が西日本で多い理由は、もともとそうだった(風土病だった)のと、医原性の感染が考えられる。





(感染率が2.1%〜3.4%の都道府県はない)


肝臓癌の死亡数が1995年で不自然に上昇している理由についてはもっと単純で、死因統計分類のルールが変わったことによる。厚生労働省のページ*3には、「人口動態統計では、WHOの勧告を受けて平成7年1月から第10回修正国際疾病、傷害および死因統計分類(第10回修正死因統計分類:ICD−10)を適用することとなった」とある。平成7年は西暦1995年である。「ICD−10とICD−9の主な変更点」として、悪性新生物(癌)は「感染症、肺炎、肝硬変との組合せで悪性新生物が原死因となる事例の増加」とある。要するに1994年までは肝硬変として分類されていた死亡の一部が、1995年からは肝臓癌として分類されるようになった結果、見かけ上肝臓癌による死亡が増えただけ。たいていの場合、肝臓癌は肝硬変を伴なう。

「最強の発がん性物質」「100%発癌」という煽りは意味がない。害の強さは量にも依存する。有害米に含まれていたアフラトキシンB1の量から判断するべき。よしんば肝臓癌を引き起こすほどのアフラトキシンB1が含まれている有害米が西日本に大量に出回ったと仮定して、肝臓癌を引き起こして死亡に至るまでタイムラグがある。また、肝臓癌による死亡数の増加を起こすとしても、1995年で見られるような不自然な断絶はとらない。一斉に肝臓癌を発症したとしても経過はまちまちである。C型肝炎ウイルス感染の分布や死因統計分類のルール変更を知らなくても、冷静に考えれば、事故米と肝臓癌の増加は無関係であることが推測できるだろう。そもそも年齢調整を行えば、肝臓癌の罹患率は増えていないし、死亡率はむしろ1995年ごろをピークに減っている(肝癌の年齢調整死亡率が減少傾向にあることは■アフラトキシンは、がんに効く(memorandum)で既に指摘されている)。

肝臓癌を心配する人は、アフラトキシンを心配する前に、まずは検診等で肝炎ウイルスをチェックしてもらうことをお勧めする。検査目的で献血をしないように。念のために言っておくが、有害米と肝癌が無関係だとしても、いや、肝癌に限らず、どのような健康障害をも起こしていなかったとしても、事故米を食用に転用していた三笠フーズの責任は問われるべきである。

*1:URL:http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1173208.html

*2:井浦秀一、診査時血液検査における肝機能異常の分析 老人保健法に基づく平成14年度肝炎ウイルス検診の結果を交えて、日本保険医学会誌 102(1)P59から引用。もともとのデータは厚生労働省で公開されている。URL:http://www.mhlw.go.jp/houdou/2003/09/h0912-3a.html。暇な人は佐賀県に注目しよう

*3:■第10回修正死因統計分類(ICD−10)と第9回修正死因統計分類(ICD−9)の比較