NATROMのブログ

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ニセ科学に騙された?カール・セーガン

いい加減食傷気味ではあるが、日本パイプクラブ連盟にまた興味深い論説が掲載された。


■北京の大気汚染の元凶は?*1(日本パイプクラブ連盟)


嫌煙派の医者は、「肺癌は煙草が原因」「副流煙はタバコを吸わない人の健康を脅かす」と主張していますが、これは疫学の悪用もしくは誤用です。肺癌の原因は大気汚染であり、その元凶は自動車排気ガス、工場煤煙、建設工事の粉塵なのです。

その証拠に、第二次世界大戦前は欧米諸国、日本ともに成人男子の喫煙率は極めて高く、各国押しなべて80%前後だったのですが、一般に肺癌の罹患率は極めて低かったのです。当時、肺癌患者の比率が多かったのは、製鉄所や採掘鉱山などの煤煙、粉塵濛濛たる地域に限られていました。

近年、嫌煙者の反タバコ宣伝が奏功して、喫煙率は下がり続けていますが、これに反比例して肺癌患者の割合は著しく増えています。タバコが本当に肺癌の原因だったら、そういうことはありえない筈です。重ねて言うまでもなく、肺癌患者が増えているのは大気汚染が原因だからです。

この事実を隠蔽し、糊塗しようとして嫌煙派の医者は、様々な詐術を使ってタバコ主犯説を流しています。中には研究資金獲得目的の連中もいるかもしれませんが、科学者の端くれである彼らに、大衆を意図的に偽り、欺こうという邪悪な意図があるとまでは思えません。


喫煙は肺癌の主因であるとする説は間違いというよくある誤謬であり、これだけではネタにする価値ない。興味深いのはこの論説を書いたEbenezer von Scrooge氏は、カール・セーガンを心から尊敬しているという点だ。強調は引用者による。



私の心から尊敬する宇宙物理学者C. Saganの著書[The Demon Haunted World : Science as a Candle in the Dark](邦訳:カール・セーガン 科学と悪霊を語る)にも、似非科学のメカニズムが語られています。また科学評論家のMichael Shermerの近著[Why People Believe Weird Things](邦訳:マイクル・シャーマー なぜ人はニセ科学を信じるのか)にも、一見科学的な装いを凝らした素人騙しのイカサマ理論の実例が多く紹介されています。


養老孟司や牧太郎や村上和雄や森昭雄や千島喜久男を尊敬している、というのなら理解できる。しかし、セーガンは懐疑主義の立場に立ち、ニセ科学を批判してきた人物である。喫煙と肺癌の関係を否定するような人物とは正反対の立場にあるのではないか?そういうわけで、セーガンの著書を読み返してみた。私の記憶は正しかった。3ページにわたりタバコの害について言及している。


■カール・セーガン 科学と悪霊を語る(P220-)


アメリカのタバコ産業は、年間500億ドルの総収入をあげている。喫煙とガンのあいだに統計的な相関があることはタバコ業界も認めているが、それは相関であって因果関係ではないというのが業界の言い分である。つまり、タバコを吸うとガンになりやすいという主張は、論理的誤謬を犯しているというのだ。しかし、それはいったいどういう意味だろうか?遺伝的にガンにかかりやすい人には、やはり遺伝的に、嗜癖性薬物をとりやすいという性向があるとでもいうのだろうか。そうだとすれば、喫煙とガンのあいだに相関はあっても、喫煙がガンの原因だとはいえなくなるわけだ。こうして、どんどん苦しい理屈がこじつけられていく。科学が対照実験の必要性を強く主張するのは、一つには、こうした無茶な議論にとどめをさすためである。


Ebenezer von Scrooge氏が心から尊敬しているセーガンは、「似非科学のメカニズムが語られている」本において、「喫煙とガンに相関関係があっても因果関係はない」という主張は「苦しい理屈」「無茶な議論」だとしている。このあとセーガンは、対照実験によってタバコのタールの発癌性が示されたことを述べ、この事実に対してタバコ会社が「異議を唱える宣伝活動に乗り出」したことを批判している。「いったい企業は、利益を失うぐらいなら人を殺した方がいいとでも言うのだろうか」「自由企業には自己管理能力があるのかと疑いたくもなる」というかなり強い批判だ。タバコ業界から資金援助を受け取っている団体が、二次喫煙に関してタバコ会社に有利な証言をしたが、捏造であったことにも触れている。さらには、人々がタバコを吸うのは、ニセ科学に騙されやすいがゆえだと言うのだ。



タバコには嗜癖性がある。さまざまな判断基準から見て、ヘロインやコカインよりも嗜癖性が高いのである。1940年代の宣伝文句が言うように、人が「キャメルを求めて1マイル歩く」のには、ちゃんと理由があったのだ。タバコのせいで死んだ人の数は、第二次世界大戦で死んだ人よりも多い。WHO(世界保健機構)によれば、全世界では年間300万人が喫煙のために死んでいるという。そして2020年までには、この数字は年間1000万人にまで増加しそうだ。増加の一因は、発展途上国の若い女性に向けて、喫煙は進んでいてかっこいいという大量宣伝がなされていうことである。タバコ業界がこの嗜癖性薬物の売り込みに成功した一因は、”トンデモ話検出キット”や批判的思考、そして科学的方法が広くゆきわたっていなかったからだろう。げに、だまされやすきは人を殺すのである。


繰り返すが、上記引用はEbenezer von Scrooge氏が尊敬しているセーガンからである。Ebenezer von Scrooge氏の「タバコ主犯説こそニセ科学である」という主張と正反対である。Ebenezer von Scrooge氏が、「セーガンの主張を理解していないのに持ち上げた知ったかぶりの大馬鹿」もしくは「セーガンの主張を理解した上で知らないフリした卑怯者」であるという可能性もないとは言えないが、そこまで並外れた恥知らずがこの世に存在しているとは信じ難いので、Ebenezer von Scrooge氏は「セーガンと言えども完璧ではなく、ニセ科学に騙されることもある」と主張しているのだ、と好意的に解釈してみる。願わくばEbenezer von Scrooge氏には、「肺癌の主因は煙草ではなく大気汚染」とする根拠を明確に示してもらいたい。できないのなら、セーガンを中傷するのを止めるべきだ。


*1:URL:http://www.pipeclub-jpn.org/column/column_01_detail_31.htm