NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

避けようのない事故を起こしたトラック運転手は起訴されるか

■アメリカ合衆国では医療過誤について刑事責任を追及するかというエントリーで、「トラック運転手が故意でなく歩行者をひいても、まず免責にはならない」というコメントが付いた。



とと 2008/06/27 13:29
 しかし、トラック運転手が故意でなく歩行者をひいても、まず免責にはならないですよね。
 警官は免責になることが多いようですが。


とと 2008/06/28 11:56
>>トラック運転手は正しく仕事していれば、人が死なない

 前走車から転落した人間をどうがんばっても物理的によけようがなくひいた場合でも、免責されず、起訴、有罪とされる場合は昔から多々ありますけど。


確かにそういう事例を聞いたことがあるような気がするので調べてみたところ、道標 世界情勢や日本社会に関する覚え書き■首都高逆走自転車不当逮捕事件が比較的よくまとまっていた。リンク先では、「お年寄りが自転車で首都高に逆走する形で進入、走ってきた大型トラックにはねられ死亡した」ことでトラック運転手が道路交通法違反で現行犯逮捕された事件のニュースが引用してある。起訴、有罪とされたかどうかまでは触れていない。リンク先では、逮捕はないが運転手が自殺に至った事例を2例、運転手が逮捕されず自殺もしていない2例を挙げている。

もしかしたら「前走車から転落した人間をどうがんばっても物理的によけようがなくひいた場合でも、免責されず、起訴、有罪とされる場合」もあるのかもしれないが、私には見つけることができなかった。私の理解では、「どうがんばっても物理的によけようがなくひいた」のであるのなら、業務上過失致死とはみなされないと思っていたのだが、間違っているのだろうか。

医療事故に関する民事裁判で、しばしば、時代や施設の限界を考慮せずに「最高の医療をほどこしていれば助かったはずだ」という理屈で医療側が敗訴したようにしか思えない例があるが*1、それと同様(「運転手が最高の技術を持っていれば避けれたはずだ」)のことが、交通事故に関する業務上過失致死かどうかの判断にもあるのかもしれない。そうだとしても、水準の技量の運転手が避けられない事故で業務上過失致死を問うのがおかしいという話であり、「トラックの運転手は避けようのない事故を起こしても刑事免責にはならないのだから、医師にばかり刑事免責というのは妥当でない」とする根拠にはならないと思う。

明らかに技量の低い運転手だけが逮捕されるのなら、水準レベル以上の運転手は「ああはならないように気をつけよう」で済む。しかし、技量が低くない(むしろ水準より高い)運転手も運が悪ければ逮捕されるというのなら、他に稼ぐ手段のある運転手は別の仕事に就くか、リスクの少ない道を走る。犯罪者とみなされるリスクを負ってまで、前走車からいつ人間が転落してくるのかわからない道路をわざわざ走り続けたりはしない。

*1:いわゆる「最高水準要求型」のトンデモ判決。■日経メディカルでトンデモ医療裁判の特集 を参照