NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

ファインマンさんと永久機関


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最近流行の「ウォーターエネルギーシステム」の話。なんでもジェネパックスという会社が「水から電流を取り出すことを可能にした」のだそうだ。GIGAZINEの■真偽判断に役立つ「ウォーターエネルギーシステム」に対する各報道陣からの質疑応答いろいろ、そして現時点での結論が比較的よくまとまっている。私には、「どうやって水から電流を取り出すのか」ではなく、「どうやってウォーターエネルギーシステムからお金を取り出すのか」のほうに興味がある。ウェブサイトや発表会場や「ウォーターエネルギーシステム搭載電気自動車」などなど、けっこうなお金がかかっている。これらの投資をどうやって回収するつもりなのだろう?二つの可能性がある。一つは、ジェネパックス社はウォーターエネルギーシステムが実用化されると信じているケース。もう一つは、ジェネパックス社(の少なくとも一部)は、初めから実用化できないことを知っており、可能性を提示して他人からの投資を募るというケース。注意深く今後の経過を見守りたい。

さて、この話を聞いて思い出したのが、ファインマンさんの逸話。ノーベル賞もとった物理学者のファインマンには逸話は多く知られているが、そのうち、永久機関をつくったという「発明家」を相手にしたエピソードが、「困ります、ファインマンさん」の「パップ氏の永久機関」という章に収録されている。パップ氏という「発明家」が、6ヶ月は燃料補給が不要な「まったく新しい原理によって動力を得る」最新式のエンジンの公開実演することを、学生たちからファインマンは聞いた。



「ニセモノというものは、まったく次から次へと出てくるもんだな」と僕は感心した。
「この爺さんも、おそらく彼のエンジンに投資する奴を探しているのに違いないよ。」


この話は少なくとも20年以上前のこと。まったく、ニセモノというものは、まったく次から次へと出てくるもんだな。



それから僕は学生たちに永久機関の話をしてやった。ロンドンの博物館にある奴はガラスのケースに納まっていて、電線も何もつながっていないのに、ぐるぐるぐるぐるひたすら回り続けている。
「『いったいぜんたい電源はどこだろう?』とまず考えなくてはだめだよ」
と僕は言った。こいつの場合は、ケースの木製の脚の中の通気管を通して、ポンプで風が送られてきて、これに吹かれてくるくる回っているのだ。


『いったいぜんたい電源はどこだろう?』とまず考えなくてはだめだ。はい、ここテストに出ます。その後、ファインマンは学生たちとパップ氏のエンジンの実演を見に行った。エンジンは「とびきり強力なため、ある程度の危険も伴うから」、見物人を遠ざけてある。エンジンは電線を介して「測定器類につながっている」。「もうこれでどこに電源があるかは明らかだ」。パップ氏はエンジンを動かしたあと、壁のコードを抜いて、エンジンが回り続けているところを示した。ここからの行動が実にファインマンさんらしい。



「ちょっとそのコードを持たせていただけませんか?」と僕は申し出た。
「もちろんですとも。どうぞどうぞ」
とパップ氏はコードのプラグを渡してよこした。
案の定、彼がそのプラグを返してくれと言いだすまでには、大した時間はかからなかった。
「もうちょっと持っていたいんですがね」
と僕はがんばった。もう少しの間コードを差し込まずにおけば、例のイカサマエンジンはじきに止まってしまうだろうと思ったのだ。
パップ氏はもう髪をかきむしらんばかりだ。僕はそれでもがんばってからおもむろにプラグを返してやると、彼は大あわてで壁のコンセントに差し込んだ。


ここから急展開。



その数分後のことだ。ものすごい爆発が起った。銀色の円錐型のものが空高くはねあがると、ぱっと煙に変り、めちゃくちゃになったエンジンは、バッタリ横倒しになってしまった。


エンジン大爆発。重症3名、うち1名死亡。爆発の原因は不明だが、もう少し小規模な爆発であれば、インチキの証拠が残らない上に、エンジンが強力なことは示せる。その後、ファインマンのせいでエンジンがコントロールできなくなったのだとパップ氏が訴えた。当然、裁判になっても勝てるだろうとファインマンは考えたのだが、



ところがどうしてこの訴訟は呆れたことに示談となり、キャルテクはパップ氏に大枚何千ドルかを支払う結果になったのである。こっちが正しいとわかっていても、法廷ざたにしない方が賢明なのかもしれないが、あんな実演を見にいったおかげで、僕はキャルテクにとんだ散在をかけることになってしまったのである。
その後、パップ氏の最新式エンジンの話がぱったり立ち消えになってしまったのはもちろんのことである。


爆発が予定されたものか、あるいは想定外だったのかはわからないが、とにかくパップ氏は目的を達成できた。お金を取り出す方法はたくさんあるものだ。今後の永久機関詐欺も、いろんなバリエーションが考えられる。「機械を調べさせた上で『壊された』と難癖つけて損害賠償要求」、「インチキ呼ばわりされたために投資が得られず実用化に失敗したと損害賠償要求」など。