NATROMのブログ

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韓国人と九州人の遺伝子が七十%も一致するという件について

九州大学韓国研究センター客員教授の朴珍道教授の発言。


■外国からみえた方々による九州大学訪問記強調は引用者による)


福岡は自転車さえあれば大体三十分で市内のどこへでも行けるのでとても幸せです。しかも九州の人々には何となく親しみを感じます。以前に韓国人と九州人の遺伝子(DNA)がなんと七十%も一致するという話を聞いてなるほどと思ったこともありました。ソウルから福岡までは飛行機で一時間しかかからなくて東京より近いですし、釜山からは船でも三時間かかりません。


ヒトとチンパンジーのDNAは98%とか99%とか一致すると言われている。系統的に離れた種ほど一致率は低くなり、ウニが70%ぐらいになるそうだ。これをもって「人間とサルよりも低くないか?」「朝鮮人はウニ並み」と笑う声もあるが、塩基配列の単純比較では韓国人と九州人はほぼ100%一致するのは分かりきっているので、別の物差しを使って「七十%も一致する」と言っていることは明らかだ。どのような物差しで「七十%も一致」という数字が出てきたのか調べてみた。ヒト集団間を比較するなら、塩基配列が一致している部分はどうでもよい。多型(差異)のある部分が重要だ。そこで、「SNPs(一塩基多型) 韓国人 九州人」でGoogle検索してみたが、よい結果は得られなかった。「SNPs 韓国人 日本人」では以下のページがヒットした。


■韓国人、遺伝的に日本人と近い(中央日報)


 これまで非常によく似た民族と推定されてきた韓国人、日本人、中国人の間にも、微細な遺伝的差が存在することが確認された。 特に、韓国人は遺伝的に、中国人よりも日本人に近いことが明らかになった。
 疾病管理本部国立保健研究院のチョ・インホ博士研究チームは3日、「世界最大の遺伝体研究協議体である米TSC研究チームと共同で遺伝子塩基配列について大規模な研究を行った結果、こうした事実を確認した」とし、「今後、疾病遺伝子の発掘や新薬研究開発などで重要な基礎資料になるだろう」と明らかにした。
 今回の研究で、韓国人は黒人との遺伝的差が18.8%、白人とは16.1%だった半面、中国人(8.4%)、日本人(5.9%)との差は比較的少ないことが分かった。 日本人と中国人の間の遺伝的差は8.6%だった。 韓国人と日本人の遺伝子が最も似ているということだ。


別にありえない結果ではないが、さすがにこれをそのまま信じるわけにはいかないので、原著論文にあたってみた。『「高密度人間遺伝体の単一塩基多形地図」というタイトルで、権威ある国際学術誌「ジェノミクス」8月号に掲載された』というヒントで簡単に見つかった。Miller et.al, High-density single-nucleotide polymorphism maps of the human genome, Genomics 86(2005), Pages 117-126。論文タイトルの和訳は「ヒトゲノムにおける高密度一塩基多型マップ」のほうがわかりやすいか。論文の主題は、「今後の遺伝学研究に使えるSNPsマップを作りました」で、韓国人、中国人、日本人集団の遺伝的距離の話はついで。Differences between groups (%)という表があるので引用する。





Miller et.al(2005)より引用


韓国人と日本人の遺伝的差"divergence"は5.9%。もちろん、物差しが違うので、ヒト=チンパンジー間のDNAの一致率と比較はできない。遺伝的差"divergence"は、集団間の対立遺伝子頻度の差から求めたようだ。たとえば、ある遺伝子座においてCもしくはTという対立遺伝子があるとする。日本人集団でCの頻度が30%、韓国人集団で35%、中国人集団で50%とすると、遺伝子頻度の差は、日本人‐韓国人間で5%、韓国人‐中国人間で15%、日本人‐中国人間で20%というわけ。何千個ものSNPsを調べてその平均をとったら韓国人-日本人間で5.9%であったと、そういうわけであろう*1。「韓国人と日本人の遺伝的差が5.9%としても、韓国人と九州人の遺伝子がなんと70%も一致という話と違うじゃないか」と読者はお思いだろう。ただ、この5.9%という数字は、今回使用した遺伝マーカーを使った上での数字であって、異なる遺伝マーカーのセットを使えば異なる数字が出る。大事なのは、5.9%という数字そのものではなく、相対的な数字の大きさである。論文では、アジア人集団‐アフリカ系アメリカ人集団間との比較の数字を出している*2



For autosomes, the divergence between Chinese and Japanese is 46% of that between Asians and African Americans, and the divergence Japanese and Koreans is 31% of that between Asians and African Americans (Table 2).


アジア人集団‐アフリカ系アメリカ人集団間の距離が100%としたら、中国人‐日本人集団間の距離は46%、日本人‐韓国人間の距離は31%となる。この数字は、異なる遺伝マーカーのセットを使ってもそれほど変わらないはずだ。朴珍道教授の「韓国人と九州人の遺伝子(DNA)が七十%も一致」の発言は、"divergence Japanese and Koreans is 31%"(日本人と韓国人の差異は31%)が、マスコミ報道および朴珍道教授の解釈によって「70%が一致」となったのではないか。推測に過ぎないが、私が調べた限りでは、「九州人」と韓国人を比較した研究は見つからなかったし、そもそも九州人も日本人も遺伝的にはほぼ同じであろう。朴珍道教授の専門は経済学で遺伝学ではない。記憶違いと九州へのリップサービスによって間違えたのだろうと思う。


*1:あくまで「私はそう読んだ」ということなので、詳細が知りたい人は原著論文を読んでください。そして私の解釈が間違っていたら教えてください。

*2:アフリカ系アメリカ人集団といっても多様な集団の集まりであるので、大雑把に言っての話。厳密にとか言い始めたら、日本人だって単一の民族集団ではない