NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

病院は原則受け入れよ。聖地・福島のニュース

■「病院は原則受け入れ」福島、搬送遅れ受け決定(産経ニュース)


 福島市で乗用車にはねられた女性の搬送先の病院が約1時間決まらず、約6時間後に死亡したことを受けて、福島市や消防、市内の病院などでつくる「福島市救急医療病院群輪番制運営協議会」は19日、臨時の総会を開き、消防から救急患者の受け入れを打診された病院は、原則として拒否しないことを決めた。
 会見した同協議会の有我由紀夫会長は「患者さんや市民に多大な不安を与え、遺憾に思う。医師による診断が約1時間も遅れたのは大きな問題だ」と強調。「各病院の医師は、満床だからと受け入れを断ることなく、まず患者を診るべきだ」と述べた。
 受け入れた後の対応については、満床などのためそのまま治療することが困難な場合、病院間で調整し、より高度な医療ができる病院に移送することとした。


これまで福島市では、救急患者の受け入れを打診された病院は自由に拒否できていたらしい。私の勤めていた病院では、救急隊からの要請があれば原則として受け入れていた。むろん、他の救急患者の処置中で手いっぱいだったり、満床だったり、専門医がいなかったりすると断っていた。能力がないのに受け入れると、患者の不利益にもなる。もしかしたら、ニュースの意味するところは、かような理由があっても受け入れろということなのかもしれない。何しろ、『痛みをこらえる患者をたらい回しにする行為は許されない。理由は「手術中」「ベッドがない」といろいろあるだろうが、患者を救うのが医師や病院の義務である。それを忘れてはならない』との論説を書いた産経新聞のことである。

つまりこういうことだろうか。心筋梗塞の可能性がきわめて高そうな患者を、緊急心臓カテーテル検査ができない施設であってもまずは受け入れるべきだと。一刻でも早く治療を開始したほうが望ましいのに。心筋梗塞ならまだいい。心電図等の検査やアスピリンやら酸素やらの初期治療を開始できるからだ*1。脳血管障害を緊急で頭部CTを取れない病院が受け入れていいのか?眼科医が当直しているのに、交通外傷の患者をまず診るべき?産科医がいない施設でも、消防から依頼があれば検診受診歴のない妊婦を受け入れなければならない?

3次救急施設であっても、マンパワーが十分とは限らない。他の心肺停止の患者にかかりきりのときに、別の患者の受け入れ依頼があったらどうするのだろう。おそらく、いったん蘇生を中断して、「まず患者を診るべき」なのだろう。入院が必要だが満床である場合、「病院間で調整」せよとの仰せだが、これも医師の仕事になる可能性が高い。呼吸器の余りがないのでアンビュー・バッグを押しながら他院に電話をかけているところに、病棟からの急変の報告と、次の救急車の受け入れ要請があったらどうするのだろう。もちろん、患者を救うのが医師や病院の義務なので受け入れるべきですね。

問題点は明確で、医療資源が不足していることだ。マンパワーが足りないから現場が回らない。常識的な選択肢は三つ。コストをかけるか、医療の質をあきらめるか、アクセス制限するかだ。アクセス制限どころか、福島市ではその真逆の方針をとった。この方針が実施されてしまえば、救急車内での待ち時間は減るだろうが、病院についてから長時間待たされることになるであろう。「待合室で3時間放置」「高次病院への転院調整中に患者死亡」というニュースが聖地から聞こえてくるのはいつごろだろうか。


*1:緊急心カテが施行できる病院が遠い場合は、まず近くの病院で初期治療を行うのは合理的である。立地や時間帯や周囲の状況によって、受け入れるかどうかを判断すべきで、とにかく受け入れろというのはきわめて粗雑な意見である