NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

ご一緒にビタミン注射もいかがですか?

混合診療を認める判決が東京地裁で出て話題になった(■混合診療解禁訴訟(新小児科医のつぶやき)、■[司法までもがアメリカ型医療を歓迎?]混合診療導入へ?(東京日和@元勤務医の日々)など)。mixiなどでの一般の方々の反応は賛否両論で、「画期的」「朗報」という意見も結構ある。言うまでもないが、混合診療を解禁すると収入によって受けられる医療の格差は広がる。そこまで十分に理解して賛成しているのではなく、単に「保険内の治療まで全額自己負担なのはおかしい」という程度のものであろう。これはまだ予測の範囲内であった。ただ、医師専用掲示板でも、それなりに混合診療賛成派がいたのには少し驚いた。

平均的な医師は、十分な睡眠と食事が取れているのなら、混合診療解禁には反対する。「これ以上、混合診療を拡げないのは医師のモラルです」。保険外診療分を自己負担できるかどうかで治療内容が変わってはいけない。有効な治療であれば、保険適用にするべきである。限られた施設で通常の保険診療と併用できる制度もある(■先進医療(Wikipedia))。しかし、満足に睡眠も取れずに働いて、しかも(混合診療解禁で損をするはずの)大衆から、「混合診療を解禁せよ。反対するのは医師が儲けるためだろう」などと言われれば、「あなたがた方がそう言うならば、解禁したっていいですよ。私たちは別に困りませんから」と言いたくもなる。混合診療を解禁すれば、保険診療が縮小されるのは目に見えている。得をするのは財務省と民間保険会社。「杞憂である」という意見もあろうが、たとえ保険診療が縮小されないとしても、質の悪い医療がはびこるであろう。

今回の裁判では、保険外診療は「活性化自己リンパ球移入療法」であった。十分なエビデンスはない。はっきり言えばインチキだと私は考えている。リンパ球移入療法に限らず、十分なエビデンスのない代替療法を提供する医療機関があったとしても、これまでは同時に保険診療は行えなかった。しかし、混合診療解禁後は、こうした代替療法を行う医療機関が増えるであろう。入院費用は保険診療で、代替療法のみ自費。確実に需要はある。

外来でも混合診療は可能だ。たとえば、風邪で来院した患者さんに、ビタミン注射を勧める。まともな医師なら、ビタミン注射は医学的に不要であることを知っている。好んで行う医師はそうは多くはないが、保険診療内の治療のみを行っていたら赤字にしかならないとしたら?食い詰めるぐらいなら、「顧客満足」を上げるため「経営努力」を行って何が悪いのか。ちなみに注射用のビタミン製剤の薬価は70円程度、溶解用の生理食塩水は100円程度である。これに加えて、点滴セットなどの消耗品や技術料もかかるが、たかが知れている。保険診療ではないので、価格は自由につけられる。たとえば、「点滴バー*1」ではビタミン点滴に3200円〜15000円の値段をつけているが、それだけ払う「顧客」がいるのであろう。混合診療を解禁すると医療格差が広がるだけでなく、全体としての医療の効率も下がる


*1:URL:http://www.musubiha.com/tenteki_price.html