NATROMのブログ

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勤務医の主張


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■医療の限界
■誰が日本の医療を殺すのか―「医療崩壊」の知られざる真実


勤務医による、医療崩壊を論じた本。内容は概ね医療関係のブログで言われているようなことなので、普段からそうしたブログを読んでいる人はわざわざ買って読む必要はない。匿名でない情報源にあたりたい、医療崩壊について興味がある一般の人が適切な読者層であろう。「医療の限界」は虎ノ門病院泌尿器科部長・小松秀樹による。以前、小松先生が書かれた■医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何かを紹介した。本書も、内容はかなりかぶっているが、新書であることもあり読みやすくなっている印象がある。

タイトルにもあるように、小松先生は医療の限界を強調している。医者の開き直りのように受け取られる危険があるものの、医療に限界があるのは単なる事実である。事実を医師と患者が共有できなれば、結果が悪かったときに軋轢が起こる。「人間がいつか必ず死ぬということ、医療が不確実であるということは、本来社会の共通認識であるべきだと思います。しかし現実には、ほとんどのメディアが不確実性を受け入れようとせず、一方的に患者と医師の対立を煽ってきたところがあります(P28)」。ここから日本人の死生観の話につながる。山本常朝の「葉隠」から引用したりする。前作の「医療崩壊」は「難解である」という評価を散見したが、本書についても堅苦しく感じる読者もいるだろう。

一方、「誰が日本の医療を殺すのか」は、ずっと読みやすい。著者の本田宏は済生会栗橋病院副院長兼外科部長。テレビの討論番組などに出ていて、積極的に勤務医の立場から発言している。本書は、主に医師不足と医療費不足が論点。多くの表やグラフで説明されていてわかりやすい。ただ、総医療費を先進諸国並みにする財源を「公共事業費を削って医療費に回せばよい」というのは、総論としては賛成だが、やや単純すぎるのではないか。承知の上で分かりやすさを優先したのかもしれないが。

オヤジギャグがところどころに入るのも特徴。電子カルテの導入で儲かるのはメーカーだけで医療者側にメリットがないことを「ITというのはインフォメーション・テクノロジーではなくて、イサカマ・テクノロジーの略である(P170)」。日本において総医療費とパチンコの売り上げが約31兆円で同レベルであることを「(病院の赤字の解消に)パチンコ屋を建てて『済生会栗パチ病院』をはじめませんか(P144)」。葬儀関連産業の売り上げ15兆円で諸外国と比較し高いことを「日本人は、血の通った生きている温かいイシ(医師)より、冷たいイシ(墓石)のほうが好きなようである(P144)」。公共事業費が社会保障費より優遇されていることを「日本は社会保障国ならぬ、社会『舗装』国だったのだ(P122)」。もともとは講演で話した内容を本にしたのだろう。

剛の小松、柔の本田。哲学の小松、オヤジギャグの本田。と言ったところか。