NATROMのブログ

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血液型と性格と日本人のルーツ

■血液型で性格は判断できない、ということ。(『広告業界就職フォーラム』挨拶専用ブログ)


リンク先の趣旨には概ね賛成*1。問題はコメント欄。とある業界人さんから、以下のようなコメントが。



業界最大手のD社の社員における血液型別構成比と、日本人平均の血液型別構成比とでは、明らかに統計的に有意な差があり、それが歴史的に継続している、という事実は、業界内ではけっこう有名です(B型が多い)。確か、「気まぐれコンセプト」でもネタにされたことがあったと思います。
もちろん、血液型で採用しているワケではないのですが、結果論としては顕著に現れています。
日本と韓国で血液型論がハヤるのは、この両国においては、1.人類史的には比較的近年(新石器以降)に、2.量的に近い複数の民族集団の混成によりそのルーツが作られ、3.民族ごとに文化や習性が大きく異なるとともに、4.母体となった民族ごとに血液型の構成比が極端に異なる、という共通項があるからだと思われます。
個々の人間ではわかりませんが、集団となると「どっち系」か、血液型の構成比から、統計的に判定できます。


強調は引用者による。統計的に有意差があるというのであれば、有意差検定が行われたはずなのでソースを要求したのだが、ブログ主である挨拶専用85さんが「コメント欄は議論の場ではない」とコメントしたので、とある業界人さんが了承していただけるのなら続きをこちらでやりたい。とある業界人さんのコメントを見るに、以下のようなメカニズムを想定しているらしい(違うと言うのであれば訂正を願う)。


1. 縄文人はB型が多く、弥生人・渡来人は、A・O型が多い。
2. 先住の縄文系に対し、その後にやってきた弥生・渡来系が、その勢力を拡大しながら、棲み分け、また混血を繰り返した。
3. その集団が縄文系か弥生・渡来系かという判定は、血液型の比率の分析から可能であり、そこから伝統や文化の違いも説明できる。


確かに、集団の由来を遺伝子頻度を比較するよって推定するという方法論はある。たとえば、集団A、集団B、集団CのO型の頻度がそれぞれ10%、15%、50%だったとすると、祖先集団からまず集団Cが別れ、その後に集団Aと集団Bが別れたと推測できる。しかしながら、それを血液型性格診断に結びつけるのは2つの理由で誤りである。一つ目は、ABO式血液型を特別視する理由がないこと。ABO式血液型およびその他の数多くの遺伝子が集団によって異なるであろう。一昔前ならともかく、現在ではABO式血液型は多数ある遺伝マーカーの一つに過ぎない。詳しい話は、過去のエントリーの■DNAから見た日本人を参照されたし。

二つ目は、日本人集団はほぼ遺伝的に均一で、ABO式血液型の比率は日本人内のある集団が縄文系か弥生・渡来系かという判定に使えないという点。というか、縄文系か弥生・渡来系か区別する意味はないであろう。極端な例を出せば話が分かりやすいかもしれない。ある国は黒人と白人が半々ぐらいで構成されているが、黒人の集団にA型が、白人にO型が多いと仮定しよう。けしからぬことに人種差別を行ない黒人を採用しない会社があったとして、その会社の社員が国民平均と比較してO型の比率が有意に多くなることはありうる。ただし、この効果は黒人と白人が混血することによって薄れる。長い長い時間が経った後、その会社の社員における血液型比率は有意差を保っているだろうか?そもそも肌の色は比較的速やかに血液型と相関しなくなり(たまたまABO式血液型と肌の色に影響する遺伝子が同じ染色体の近傍にあるなどという偶然でもない限り)*2、黒人と白人の区別をする意味はなくなる。

せいぜい、韓国人、日本人、アイヌ人、漢民族といった大きなくくりでのみ血液型比率は意味をなすのであって、日本人内で*3の集団が縄文系か弥生・渡来系かは区別できないし、区別する意味もない。よって、日本人を採用している会社の社員の血液型比率と日本人平均の血液型比率の差が顕著に現れるほどの差は生じるはずがない。D社の社員に有意にB型が多いという話が仮に事実だとしても、日本人のルーツとなる民族が複数あることでは説明できず、別の説明が必要であろう。そもそも、有意にB型が多いという話が本当かどうかを検証する必要がある。事実ではなくネタだったとするならば、採用における差別に関連して血液型性格診断を批判するエントリーにつけるコメントとしてはきわめて不適切である。日本と韓国で血液型論がハヤる理由は、ルーツを持ち出さなくても、血液型が適当にバラけていること(国民の95%がO型なら血液型性格診断など流行らない)で説明されると思う。


*1:細かいことを言えば、血液脳関門を理由に血液型と性格の関係を否定するのは間違い。「赤血球上の糖鎖が直接脳内に影響して性格に影響を与える」という仮説が否定されるだけで、「ABO式血液型を決定する遺伝子は脳内でも発現している」「ABO式血液型を決定する遺伝子のきわめて近傍に性格に寄与する遺伝子がある」という可能性は否定できないからだ。ついでに「臓器移植にあたって、免疫系(白血球)の違いは関与があるけれど、ABO血液型は無関係」というのも間違い。臓器移植にABO式血液型は結構重要だ。

*2:この辺の話は血液型別ダイエットが非科学的で根拠がない説明にも関係する

*3:無論、日本人集団が単一民族ではないことは承知している。