NATROMのブログ

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利己的な遺伝子


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■利己的な遺伝子 <増補新装版> リチャード・ドーキンス (著), 日高 敏隆 (訳)

30周年ということで、序文やらなんやら諸々ついて新装版が発売された。愛蔵版とかいって昔の漫画を再出版するのと同じ手法であるな。マニアでないなら第二版を持っている人は買う必要まったくなし。私は買ったけど。

妻と最初に出会ったときのことは忘れてしまったが、「利己的な遺伝子」の第二版に出会ったときのことは覚えている。大学生になって最初の春休み、東京の友人の家に遊びに行っていたときのことだ。新宿の紀伊国屋書店に行き、そのときだけはたいそう東京をうらやましく感じた。福岡にも紀伊国屋書店をはじめとして大型の書店はあるにはあるが、新宿の紀伊国屋書店のようにビル全部書店というものはない。何しろ、一つの階をすべて科学系の本で占められているのだ。余談だが、コミックと文庫ばかりなのは目をつぶるとして、オカルト本のコーナーはあるくせに、自然科学系のコーナーがない書店からは本を買うべきではないと思う。


利己的な遺伝子 第二版
利己的な遺伝子 第二版

ともかく、そこに、科学選書のシリーズの一つとして、「利己的な遺伝子 第二版」はあった。2800円と、当時の私にとっては安くはなかったが、結果的にはお買い得だった。新たに12章と13章が追加され、補注を加えると約200ページ増えていた(今回の増補新装版と比べても良心的)。本やその内容も徐々に知名度を上げてきた。たとえば、真田広之が生物学教師を演じる「高校教師」というテレビドラマに、小道具として「利己的な遺伝子」が出てくる。私が喜々としてして本を買っていたのを友人が覚えていてくれて、わざわざビデオまで貸してくれた。ドラマの内容は、私の記憶をネット検索で補完すると以下の通りである。

生物学教師である羽村は女子高校に勤務することになった。初出勤の日、ヒロインであるところの二宮繭(女子高生)と出会う。そのとき、羽村先生は「利己的な遺伝子」(第二版の赤白のやつ)を持っている。理科室でビーカーでコーヒーを飲むような男である。羽村先生には、ちゃんと大人の女性の婚約者もいるのだが、デート中に生物学の話をして婚約者はうんざり。で、どういうわけだか羽村先生は二宮繭に惚れられてしまう。「ペンギンの話が聞きたい」とか言うんですよ、女子高生が。そのあと同性愛やら近親相姦やらドロドロしたことがいろいろあって最後には電車の中でなんか心中?していたけど、その辺はどうでもよろしい。

ま、主人公が恋愛下手のさえない理系の男性であるという描写のための小道具の一つに「利己的な遺伝子」が使われていただけであった。デートのときに生物学の話なんかしちゃいけないのですよ、世間では。生物学の美しさを理解できない頭の悪い女などこっちから振っちまえばいいのに。いっぽう、ヒロインの二宮繭はちゃんと話を聞いてくれる。「ペンギンの話が聞きたい」というのは名セリフということになっているのだが、ペンギンの話って、「ペンギンは自分はアザラシに食べられたくないので、押し合いへし合いして他の個体を水の中に突き落とす」という、個体の利己行動の話だよ?女子高生が聞きたい類の話には思えない。

これが生物学を理解できる女性であるのなら萌え(たとえば、虫めづる姫君って萌えだよね)だが、そうではない。「私は羽村先生が好き。羽村先生はペンギンの話を楽しそうにする。だからペンギンの話が聞きたい」に過ぎない。羽村先生がガンオタだったら、「黒い三連星の話が聞きたい」になるわけだよ。という話をビデオを貸してくれた友人にしたのだがスルーされた。

「寄生獣」や、最近では「不機嫌なジーン」といった、漫画やドラマにもちょこちょこ出るようになった。科学書としては知名度は結構あるほうだろう。誤解を招くような表現がケシカランという人もいるが、たいていはそう言う人自身が誤解している。この本は「種の保存」というローレンツ時代からの誤りから多くの人々を自由にした。たまに「悪い妖精」の仕業によって誤解を招くこともあるが、それでもこの本の功績はそれを補って余りある。

個人的なことになるが、ある女性の部屋に招待されたとき、本棚にドーキンスの本があったことはよく覚えている。本棚をみれば、その人の内面がよくわかる。誇張でなく、この本は私の人生を変えた。


保存用と観賞用(ウソ)
「利己的な遺伝子」「遺伝子の川」の2冊目は妻のもの