NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

医師は足りているのか

ちょいと前に、「クニミツの政」という週刊少年マガジンに掲載されている漫画が、「インフルエンザ脳症という病名があるのは日本だけ」「インフルエンザワクチンに予防効果はほとんどない」という与太話を飛ばして一部で話題になった(■クニミツの政 インフルエンザ問題(もけー日記)とか■インフルエンザ問題(児童小銃)とか参照)。この与太話のネタ元は近藤誠。まあ、まともな医学的知識のある方なら、近藤誠の言うことには眉をつけて聞くべきだってわかっている。こういうトンデモが出てくるのは、信じたい人がいるってことで、需要に対して供給があるわけ。で、その漫画の中で、「過剰な薬を出す医師がいるのは、レベルが落ちたからか」という質問に対し、近藤誠曰く、「医者が増えすぎたんですよ。アメリカの3倍も病院があるんだから」「医者が多ければその数だけ患者がいてくれないと困る(だから無駄な医療が行われる)」とのこと。「医師は多すぎてレベルが低い」と信じたい需要があるのだろうか。確かに医師のレベルは落ちている。慶應義塾大学病院にこんな医師がいるのだから。

医者が増えすぎたってのはどこの国の話なんだろう。病院の数は多いけど、人口1000人あたりの医師の数は日本はけして多くない。ていうか、日本はフリーアクセス・国民皆保険で受診しやすいから、きっと外来患者1000人あたりの医師数では、日本は最小国の一つであろう。病床あたりの医師数ではドイツの3分の1、アメリカ合衆国の5分の1である*1。まあそんなものだろうな。公平のため言っておくと、日本の入院患者はあまり手のかからない慢性期の患者さんが相当数含まれているので、医師の仕事量がアメリカ合衆国の5倍というわけではない。

なんで日本は入院患者が多いのか、そもそも病院数が多いのはなぜなのか。「医師会をはじめとする医療マフィアが無駄な医療を作り出している。院長職などの既得権益を守るために病院は整理されない」と主張するブログを見つけてゲンナリした。入院患者が多い本当の理由は、自己負担が少ないからだと私は思う。老人を自宅で介護するにはマンパワーが必要だが、入院させてしまえば少ない金銭的負担ですむ。家族は退院を引き伸ばす理由を考え出す。「自宅が改装中である」「家は寒い」「入院していると安心」などなど。介護に対する公的支援の不足のしわよせが医療の現場に来ているのだ。また、病院が統廃合されるときに反対するのは、まず地域住民、次に医師ではない病院職員だ。医師会が反対するなんて聞いたことない。

まあいずれにせよ、「日本は病院の数が多すぎるから集約して効率化せよ」というのが最近の風潮なのかと思ったらそうでもないらしい。このエントリーを書こうと思ったのは、1月4日付けの朝日新聞の記事を読んだからだ。

■大病院の医師のへき地派遣、知事に命令権 偏在緩和狙う(朝日)


 地方で医師不足が深刻化している問題で、厚生労働省は、公立と公的病院に対し知事がへき地や離島などにある医療機関への支援を命じる権限を与えることを決めた。比較的人員に余裕のある県立、国保、日赤などの大病院に勤務する医師を、医師確保が難しい地域や救急体制が不十分な病院に派遣しやすくするのが狙い。今月下旬からの通常国会に医療法改正案を提出し、07年度からの実施を目指す。
 医師不足は離島・へき地の診療所だけでなく、中核都市の病院にまで拡大し、深刻化している。都道府県側は、国が進める医師確保対策は不十分とし、衛生部長会が昨年12月、厚労省に「抜本的な対策」を強く求める要望書を提出する事態となっている。同省も今回の支援策を含め、さらに有効な対策がないか検討している。
 この制度はまず、医療法に、自治体立などの公立病院や国保、日赤、済生会などの公的病院の「責務」として、へき地・離島での診療や救急医療などの支援を明記する。そのうえで、知事には、都道府県内の公立・公的医療機関の開設者や管理者に、地域医療を支援する事業の実施命令を出せるようにする。ただ、従わなくても罰則規定はない。

正直、シャレになんないす。これを実際にやったらどうなるかっていうと、公立・公的医療機関から医師が逃散するだけ。だいたい、「比較的人員に余裕のある」大病院ってどこにあるの?医師は偏在しているのではなく、そもそも絶対数が足りていないのだ。よしんば偏在しているとしても、地方の公立・公的医療機関にでは絶対にない。どうして、医学部の定員を増やそうとかいう話が出てこないのだろう。いまさら増やしても手遅れだけど。ま、一兵卒は、戦争は負けるとわかってても、とりあえずは目先の敵と戦わなければならない。


*1:日本の医療現場は人手不足です!http://www.tochigi.med.or.jp/info/025/6/