NATROMのブログ

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小児甲状腺がんにおいてスクリーニング効果、過剰診断がほとんどないことは実証されているか?

2017年11月に九州大学馬出キャンパスで行われた「福島小児甲状腺がん多発問題」に関する科学技術社会論学会の自由集会に先立って、幾人かとメールをやり取りした。富山大学の林衛氏とはまともな議論ができなかったが、他の参加者とはたいへんに有意義な議論ができた。クローズドな場所でのやり取りなので全文を公開するわけにはいかないが、私がお返事を差し上げた部分から、参考になりそうな部分を公開する。

以下は、「ベラルーシでの山下俊一らの研究をどう思われますか」「『甲状腺がん、特に小児甲状腺がんにおいて、スクリーニング効果、過剰診断がほとんどないことはすでに実証されています』という津田敏秀氏の発言についてはどうか」というようなご質問に対する私の答えである。

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●ベラルーシでの山下俊一らの研究について

こうしてきちんと具体的な文献情報を提示していただけると涙が出るほどうれしいです*1

甲状腺がんの有病割合は「どれぐらい一所懸命に探すか」によって強く影響されます。とくにエコーの検査は、検査者の技量や(やる気や)検査機器の性能によります。「○ミリ以上は細胞診を行う」など基準を一致させても、古い検査機器では見えない甲状腺結節が新しい検査機器でははっきり見えたりします。

提示していただいたShibata(2001)は、チェルノブイリ事故後1987年から1989年までに生まれた9472人を調査して甲状腺がんがゼロであったことを示した研究です。発症率ではなく有病割合を見ています(つまり「流入量」ではなく「プールの水量」)。細胞診の基準や使用したエコー機器の種類(論文ではLogic α100となっていますがおそらくLogiq α100が正しい)も明示されています。ネットでエコー機器の画像を見ましたがポータブルのエコー機器です。ロシアまで持っていかないといけないので仕方がないのですが、当時としてもそれほど性能は高くなかったのではないかと思われます。内部比較(同じエコー機器を使って事故前に出生した集団と事故後に出生した集団を比較)なら問題ありませんが、外部比較(異なる エコー機器を使った研究と比較)するときは注意が必要です。ただ、これを言うと話が進みませんので、とりあえずは良しとします。

福島県では約30万人が対象となり一巡目では116人が悪性ないし悪性疑いでした。116人/30万人を9500人あたりにすると3〜4人相当です。Shibata(2001)の被ばくなし(事故後出生)を対照群とみなすとゼロ人なので、これは一見したところ差がありそうです。しかしながら、Shibata(2001)における被ばくなし集団の検査時の年齢は8〜13歳です。一方、福島県における甲状腺がん症例の検査時の年齢は15歳以上が主で、13歳以下は12人です[ https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/167944.pdf ]。大雑把に福島県の8〜13歳の検診対象者が10万人(30万人の3分の1)だとすると、有病割合は12人/10万人、9500人あたりだと1人相当です。たぶん、有意差ないです。9472人のベラルーシのコホート集団も20歳まで検診を続けたら、それなりの甲状腺がんが見つかると思います。とくに性能のよい検査機器を使えば。

年齢調整という基本を津田先生がご存じないわけないでしょうに。いったいなぜ津田先生が年齢調整に言及しなかったのか、STSのよい研究材料になるのではないでしょうか。


●非曝露群(被ばくしていないグループ)で甲状腺がん発生がみられなかった他の研究について

Shibata(2001)の9472人では有意差なくても、3研究合計の4万7203人ではどうでしょう。3研究は以下です。

Demidchik et al., Childhood thyroid cancer in Belarus, Russia, and Ukraine after Chernobyl and at present., Arq Bras Endocrinol Metabol. 2007 Jul;51(5):748-62.
Shibata et al., 15 years after Chernobyl: new evidence of thyroid cancer., Lancet. 2001 Dec 8;358(9297):1965-6.
Ito et al., Childhood thyroid diseases around Chernobyl evaluated by ultrasound examination and fine needle aspiration cytology., Thyroid. 1995 Oct;5(5):365-8.

それぞれ被ばくなしの対照群として、Demidchik(2007)では25446人、Shibata(2001)では9472人、Ito(1995)では12285人を調べて、甲状腺がんはゼロでした。合計47203人です。Shibata(2001)は先ほど解説しました。外部比較の問題に目をつぶっても年齢調節するとなんとも言えません。

Demidchik(2007)についてはわりとひどいです。チェルノブイリ事故後に出生した14歳以下25446人中の甲状腺がんはゼロとする根拠として示されている論文です。14歳以下が対象ですので年齢調整の問題が早速生じますが、それ以前にこの数字はDemidchik(2007)のTable 2に引用されているBelarus screening program(18)の孫引きです。何ミリ以上から細胞診をしたかとか、どのエコー機器を使ったのか、まったく情報がありません。というか、エコーで検診したかどうかすらわかりません。津田先生の書き方だと、この25446人も「最終的に日本と同じように腫瘍の大きさが5.1ミリ以上の人々を二次検査」したかのように読めますが、その保証はありません。原著にあたれないときは孫引きも仕方がないですが、こうしたミスリードを誘うような表現は好ましくありません。

Ito(1995)は、チェルノブイリ周辺の汚染が比較的低いMogilevの7-18歳、12285人調べて甲状腺がんゼロという論文です。年齢については問題ないです(できれば分布を知りたいが)。1995年とちょっと古いのでエコー機器の性能に若干の不安はあります。山下先生が関与しているので診断基準はおそらく問題ありません。問題はですね、Mogilevの研究は他にもあって、甲状腺がんが見つかっているんです。たとえば、

17927人中2人
http://www.iaea.org/inis/collection/NCLCollectionStore/_Public/31/056/31056920.pdf

23781人中2人
https://nippon.zaidan.info/seikabutsu/1999/00198/contents/009.htm

汚染が比較的低いMogilevでも検診で甲状腺がんが見つかっている研究について津田先生がご存知ないはずがありません。とくに、23781人中2人の研究は山下俊一先生や柴田先生(Shibata(2001)と同一人物でしょう)が関与している日本の研究です。Demidchik(2007)のような(正直言って)聞いたことのない雑誌に掲載された論文のしかも孫引きのデータについてわざわざ言及するのに、甲状腺がんが見つかったMogilevの研究について津田先生が言及しないのは不自然です。cherry pickingではないですか。

いったいなぜ甲状腺がんが見つかっているMogilevの研究について津田先生が言及しなかったのか、STSのよい研究材料になるのではないでしょうか。

*1:何度も求めても富山大学の林衛氏が具体的な文献提示ができなかったことに業を煮やしていたから