NATROMのブログ

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「韓国での甲状腺癌診断増加は検診による過剰診断(のみ)なのか?」に答える。(2015年9月25日)

■韓国での甲状腺癌診断増加は検診による過剰診断(のみ)なのか? - Togetterまとめにおけるcyborg001さんの主張には誤りが多数みられますので、ここで指摘します。また、■cyborg001さんに答えて欲しい質問リスト(2015年9月21日)に対する返事がなかったことを、ここで強調しておきます。



もちろん、ここに挙げられているのも私の主張の根拠の一部ですが、それ以外にもたくさん根拠があります。たとえば、甲状腺がん有病割合についての知見(甲状腺がんがその気になればたくさん見つかること、よって、放置しても症状を引き起こさない甲状腺がんが多数あることは以前から既知であった)、甲状腺がんの良好な予後、他国の時系列研究との整合性(「検診を行った国では死亡率は下がったが、行わない国では甲状腺がん死亡率が下がらなかった」という研究でもあれば検診の有効性を示唆する根拠の一つとなるが、そんな研究は私の知る限りない。検診をしていなくても甲状腺がん死亡率が低下している国がある)、他の癌腫の検診についての知見(乳がん検診ですら無視できない過剰診断が生じるのに、甲状腺がん検診を行えばもっとたくさんの過剰診断が生じて当然だ)なども根拠です。cyborg001さんは、韓国の甲状腺がん罹患率の上昇の大半が過剰診断であるという医学的コンセンサスがなぜ得られたのかについての先行研究についても、反論する必要があるのではないでしょうか。


私の知る限りでは、『「早期発見による予後改善ベネフィット」を示唆する報告』の数は多くありません。以下に述べるように、疫学の教科書にも載っている、がん検診の有効性を過大評価するバイアス(lead time biasおよびlength bias)についてよくご理解していないcyborg001さんが、「早期発見による予後改善ベネフィットを示唆している」と誤解している報告があるだけだろうと考えます。



cyborg001さんは、Lancet誌およびNEJM誌論文には問題があるように言いますが、本気でそうお考えであるなら、ツイッターではなく、Lancet誌およびNEJM誌にletterを送ることをお勧めします。門前払いされるだけと思いますが。あるいはcyborg001さんの指摘が正しいと仮定して、そのような問題のある論文がなぜ査読をすり抜けてLancet誌およびNEJM誌に載ったのでしょうか。これらの論文が他の専門家の批判の的になっているという話もありません。cyborg001さんが超一流の専門家で、査読者が見落とすような問題点を鋭く発見したとかいうならともかく、失礼ながら、私のみるところでは、cyborg001さんは疫学については一般的な教科書に記載してある事柄すらよく理解していない非専門家です。

専門分野の論文はどれもそうですが、内容を理解するには一定の前提知識を必要とします。この場合は、既に述べていますが、甲状腺がん有病割合についての知見や、がん検診の有効性を過大評価するバイアス、そして何よりも、主に乳がん検診や前立腺がん検診についての議論です。cyborg001さんのいうところの「先行研究」です。そうした前提知識がある人から見れば、Lancet誌およびNEJM誌の論文には特に問題があるわけではないのです。



1985年から2000年にかけて韓国の甲状腺がん死亡率が上昇したというのは事実です(細かいことを言えば1991年あたりで死因統計の方法が変更になっており、おそらく上昇を過大評価しているが)。「2000年代以降は減少に転じている」というのは誤りです。詳しくは■韓国の最近の甲状腺がん死亡率の推移で述べました。



「過剰診断論を退け」という部分は不正確です。Choiらは「過剰診断【だけ】では説明できない」と言っているだけです。「韓国の甲状腺癌増加は、何らかの暴露要因等によって発生した本物の増加の可能性」は、私もあると思います。そこは別に大事な論点ではありません。私の、そして医学界のコンセンサスの主張はこうです。

「甲状腺がんの本物の増加はあるかもしれないし、ないかもしれないが、それはそれとして、韓国における甲状腺がん罹患率の著明な増加の主因は過剰診断である」

「過剰診断論」を退けるには、単なる「本物の増加」の可能性に留まらず、韓国における甲状腺がん罹患率の増加の【主な】理由になるほどの「本物の増加」があることを示す必要があります。そしてそれは示されていません。私の知る限り「甲状腺がん罹患率の増加の【主な】理由は本物の増加である」と主張している専門家は一人もいません。cyborg001さんと対話するにあたって、かなり初期のころから、

1.「韓国の甲状腺がん増加はエコー検査による過剰診断だけでは説明できない(本物の増加も含まれる)」という主張と、「しかし、そうはいっても増加の大半は過剰診断によるものである」という主張が両立することに、同意できますか?

という質問をしていますが、いまだに返事をもらっていません。単純な論理の問題にも関わらずです。


Choi らが「エコー検査による早期発見が2000年代以降の死亡率低下に寄与した可能性」を指摘しているのは事実です。私の知る限りでは、『「早期発見による予後改善ベネフィット」を示唆する報告』は、これぐらいです。しかも、既に指摘したように、5年おきではなく1年おきのプロットでは、「2000年代以降の死亡率低下」は認められません。

もし仮に、1年おきのプロットで「2000年代以降の死亡率低下」が認められたと仮定したとしても、エコー検査による早期発見が甲状腺がん死亡率を減らしたとは言えません。なぜならば、甲状腺がん死亡率の減少は、早期発見以外の要因(たとえば治療法の進歩)でも起こり得るからです。さらに言うならば、もし仮にエコー検査による早期発見が甲状腺がん死亡率を減らすことが無作為化比較試験なりの質の高い研究で証明されたとしても、「過剰診断論」を否定することはできません。

「過剰診断論」を否定するには、増加した甲状腺がんの(すべてではないせよ)【多くが】「本物の増加」であって、かつ、「本物の増加」から予想される死亡率の増加をちょうど(多すぎもなく少なすぎもなく)ぴったりキャンセルするぐらいの死亡率低下がエコー検査による早期発見によってもたらされたという、とうていありそうもない仮定が必要になります。「過剰診断論」を否定論者は、なぜか韓国にだけ数倍から15倍もの甲状腺がん罹患率増加がもたらされるリスク要因が存在し、たまたま幸運にも韓国において甲状腺がん検診が広く行われたおかげで死亡率は増加していないとみなしているわけです。



検診でがんを発見すると、早期発見による死亡率低下の効果がゼロであっても、5年相対生存率は改善します。気が向けばブログで詳しく解説したいと考えますが(2017年4月1日追記。解説しました→■検診で発見されたがんの予後が良くても、検診が有効だとは言えない)、とりあえず、Interdisciplinaryの■ 【お勉強】リードタイムバイアスと、罹患期間によるバイアスを参照してください。cyborg001さんのいうところの、『「早期発見による予後改善ベネフィット」を示唆する報告』は、こうしたバイアスについて十分に理解していれば、別に予後改善を示唆するわけではないとわかります。

がんの治療の有効性は治療対象者における生存率の差で評価しますが、一方でがんの検診の有効性は評価できない、というのは直感に反します。確かに間違いやすいところではあります。しかしながら、疫学の教科書に記載されていますし、ウェブ上からも情報が得られます。甲状腺がん検診について意見を発し、Lancet誌やNEJM誌に掲載された論文を批判しようかという人物が、こうした基本的な事柄について理解していないというのは、正直なところ、無謀ではなかろうかと考えます。

以上、今回はここら辺で気力が尽きました。cyborg001さん自身や、cyborg001さんのツイートをリツイートしている方々からの、反論や質問は歓迎します。私の指摘にまともには答えず、すでに反論された論点をただ繰り返すだけであれば、ごく限られたメンバー内でしか評価されないと思います。また、議論とは無関係に、ただ純粋に疑問に思った方も、気軽にご質問してください。