NATROMのブログ

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イングランドにおいてHPVワクチン接種世代の子宮頸がんは増加していない

全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会事務局長・日野市議会議員の池田としえ氏が、英国においてHPVワクチン接種世代の子宮頸がんが確実に増加しているとツイートした。

池田としえ氏のツイートのリンク先は■英国で子宮頸がん検診開始年齢を下げなくてはならない現実 - 葉月のブログである。『葉月のブログ』では、イギリスのメイ首相がスメアテスト(子宮頸がん検診)の対象年齢を25歳未満に引き下げるよう訴えたとするBBCニュースをリンクしている。また、イギリスの年齢別子宮頸がん罹患率の年次推移のグラフを提示している。このグラフからは2011-2013年と比べて、2012-2014年では20歳〜24歳の子宮頸がん罹患率が増加していることが読み取れる。






■Cervical cancer incidence statistics | Cancer Research UKより引用。別表によれば20歳〜24歳の子宮頸がん罹患率は2011-2013年では10万人あたり3.3人から2012-2014年には4.1人に増加している。



調べてみたところ、そのものズバリ「近年のイングランドにおける20歳〜24歳女性の子宮頸がんの増加は懸念材料か?」という論文が発表されていた*1。たいそう興味深いのでここで紹介する(以下で紹介する数字や図は本論文からの引用である)。病気や死亡といったイベントの数を数えて適切に比較するのは思いのほか難しいことをご理解していただければ幸いである。

結論から言えば、イングランドで20歳〜24歳女性の子宮頸がん罹患が増えているのは事実である。しかし、「[HPVワクチン]接種世代の子宮頸がんが確実に増加している」という池田としえ氏が拡散した主張は誤りだ*2。また、メイ首相が子宮頸がん検診開始年齢を25歳未満に下げるよう言ったのは事実かもしれないが、現時点では「子宮頸がん検診開始年齢を下げなくてはならない現実」は存在しない。

イングランドにおいて20歳〜24歳女性の子宮頸がん罹患率は2012年には10万人あたり2.7人であったのがそのわずか2年後の2014年には4.6人と激増している*3。これは統計的に有意な変化だ。イングランドでは2004年に子宮頸がん検診の開始年齢を20歳から25歳にに引き上げている。メイ首相の発言は「検診開始年齢を引き上げたのは間違いだったんじゃないか」という懸念を反映してのものであろう。

著者らは、がん統計を精査して20歳〜24歳女性の子宮頸がんの増加が主に、24.5歳〜25.0歳女性における増加に由来することを見出した。20.0歳〜24.5歳ではがんは増加していない(むしろ微減)している一方で、24.5歳〜25.0歳女性の子宮頸がん罹患者数は、2013年までは一年あたり平均16人であったのが2015年には49人まで増えた。






20.0歳〜24.5歳の子宮頸がんは罹患数も罹患率も増えていない。一方で24.5歳〜25.0歳の子宮頸がんは2013年から急増している。



なぜか。HPVワクチンの影響ではありえない。もちろん、放射線被ばくそのほか生物学的な環境要因によるものでもない。答えは実に簡単な話で、イングランドでは2012年12月から、子宮頸がん検診の開始年齢が25歳から24.5歳に変更されたのである。大きな方針転換とはみなされていなかった。イングランドでは未受診者への再度の受診勧奨が最初の勧奨の6ヶ月後に行われる。検診開始年齢の25歳から24.5歳への変更は、25歳の誕生日までに多くの女性が検診を受けることができるようにするためであった。

25歳の誕生日以前に子宮頸がんと診断されれば、統計上は20歳〜24歳の子宮頸がんとしてカウントされる。実際の子宮頸がんの発生状況が変わらなくても、これまでは25歳の誕生日後に診断されていたがんが、半年早く前倒しで診断されるだけで、20歳〜24歳の子宮頸がん罹患率は上昇する。なお、増加した子宮頸がんはstage Iに限られている。生物学的な原因でがんが増えたのならstage II以降のがんも同じ割合で増えるはずだ*4。一方で、2014年以降の25.0歳〜25.5歳の子宮頸がんは減少した。






2014年から25.0歳〜25.5歳の子宮頸がんは減っている。25歳の誕生日前に前倒しで発見されるようになったからである。2008年から2011年にかけての増加は、検診開始年齢が20歳から25歳に引き上げられたことと、テレビの有名人の子宮頸がん死亡による検診希望の増加による。



20歳〜24歳の子宮頸がん罹患率の上昇はがん検診が不十分であることが原因ではない。また、検診開始年齢が25歳に引き上げられた前後で、stage IIまたはそれより進行した子宮頸がんは増えていない。よって現時点では「子宮頸がん検診開始年齢を下げなくてはならない現実」は存在しない。

イギリスでは2008年からキャッチアップ*5として14歳〜18歳女性に対してHPVワクチンが接種されている。しかし、著者らはHPVワクチンの効果が子宮頸がん罹患の減少として現れるにはまだ早いと考えている。まだあわてるような時間じゃない。

『葉月のブログ』については、以前、■「ガーダシルの効果は4年で45%まで落ちるらしい」というデマを検証してみたでも言及した。私が見るところでは不正確な記述が多々見られる。『葉月のブログ』の作者はとくに医療に関する専門家というわけではなく、仕方がないところもあるだろう。しかし、池田としえ氏は地方自治体とはいえ市議会議員、市民の代表である政治家だ。情報を拡散するなら十分に検討してからにしていただきたい。


*1: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29247658

*2:2018年2月15日追記。当初は「池田としえ氏の主張は誤りだ」としていましたが、「池田としえ氏が拡散した主張は誤りだ」に修正いたします。

*3:最初の図はイングランドのみでなくウェールズ、スコットランドおよび北アイルランドを含む。また偶然の変動の影響を減らすためか3年間の平均の値を使用しているようである

*4:死亡率の変化を伴わないことから韓国の甲状腺がん増加が生物学的な原因によるものではないと推定できるのと似ている

*5:本来の最適接種年齢は12歳〜13歳であるが「君らもう14歳以上だからワクチン打ってあげないよ」というのは倫理的に問題があるので、効果は落ちるが一定の効果が期待できる年齢にもワクチンを接種した