NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

ニセ医学に騙されているのに境界線上の事例を検討できようか

コレステロールは心筋梗塞などの動脈硬化性の心疾患の原因だ。より正確には、コレステロールの中でも、いわゆる「悪玉」と呼ばれるLDLコレステロールが原因である。また、スタチン(商品名ではメバロチンやリピトールなど)をはじめとしたコレステロールを低下させる薬剤は心疾患を抑制する。日本のみならず海外を含め、このことを否定している公的機関は存在しない。

LDLコレステロールと心疾患の因果関係やスタチンの有用性を否定するのは、いわば、喫煙と肺がんの因果関係やがんの標準医療の有用性を否定すると同レベルの「ニセ医学」である。ニセ医学を主張する少数の医師のグループは存在するが、ニセ医学を支持する論文は査読のある医学雑誌にはほとんど掲載されない。

スタチンが心疾患を抑制するとは言え、どの患者にスタチンを投与すべきかは別途議論すべき問題である。糖尿病や高血圧などのリスク因子を複数持っていたり、心筋梗塞の既往があったりする患者に対するスタチン投与は利益が害より勝る。一方、心疾患のリスクの低い患者(たとえば高LDLコレステロール血症以外にリスク因子のない日本人女性)に対するスタチン投与については、利益と害のバランスが微妙なところにある。治療には金銭的なコストのみならず、副作用のリスクが付きまとう。スタチンは比較的安全性の高い薬剤であるがそれでも筋障害や糖尿病の発症といった副作用がある。

低リスク者に対するスタチン投与の是非を検討するには、標準的な見解をきちんと踏まえる必要がある。標準的な見解に立った上で低リスク者に対するスタチン投与に反対することもできる。というかむしろ、ニセ医学に騙されているようでは、とても境界線上の事例は検討できないだろう。

今回、このような話をしたのは、ツイッターにて富山大学の林衛氏と議論になったからである。『「スタチン投与に効果はない」「コレステロールが高いほど長生きなので下げるほうが危険」というトンデモな主張をしなくても低リスク者に対するスタチン投与の是非は議論できる』という私のツイート*1に対し、「スタチンの効果や副作用がいかほどか,コレステロール原因説で説明がつくのか,それ抜きに議論できるのはなぜなのか,機会があれば,ご教示ください!」とリプライ*2が林衛氏からあった。上記説明したようにスタチンの効果や副作用がいかほどか、標準的な見解抜きでは議論できない。要らないのはニセ医学的な主張である。






「議論の余地のある論点」と「ニセ医学」との区別



「ニセ医学」と境界線上の「議論の余地のある論点」とを混同してはならない*3。たとえば、「がんもどき理論」の近藤誠氏が主張するような「がん検診は無効である」というニセ医学的な主張と、「40〜49歳に対する乳がん検診は有効か?」という論点は別である。40歳台女性に対する乳がん検診が無効であることを公的機関が認めたとしても、「がん検診は無効である」というニセ医学が正しいことにはならない。

抗がん剤治療が固形がんにも有効であることはいまや議論の余地はないが、それでも全身状態が悪かったり、高齢であったりする境界線上の事例はある。抗がん剤治療を全否定したいニセ医学論者は、これを意図的にか無意識にか混同して、「全身状態が悪いのに無理に抗がん剤治療を行ってかえって命を縮めた事例がある。よって抗がん剤は有害無益である」という間違った論理を振りかざすかもしれない。

「40〜49歳に対する乳がん検診は有効か?」を論じたいならばがん検診についての標準的な知識が、「高齢者や全身状態の悪い患者に対する抗がん剤治療をどこまで行うべきか?」を論じたいならば抗がん剤治療についての標準的な知識が、それぞれ必要である。同様に、低リスク者へのスタチン治療を論じたいならば、LDLコレステロールと心疾患の因果関係やスタチン治療の有用性についての標準的な知識が必要である。現実の臨床の現場において、不適切ながん検診、不適切な抗がん剤治療、不適切なスタチン使用はあるかもしれない。不適切な医療に対抗できるのは、ニセ医学ではなく、正当な知識である。