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韓国において、1997年から2011年にかけて、甲状腺がんによる死亡率は低下したとは言えない

私の知る限りにおいて、一般集団に対しての一律の甲状腺がん検診を推奨する専門家はいない。それどころか、過剰診断をはじめとしたデメリットが大きいことに警鐘が鳴らされている(参考:■韓国における甲状腺がんの過剰診断)。しかしながら、必ずしもその理由については十分な理解がなされていないようである。

たとえば、cyborg0012さんによれば、韓国の甲状腺検診はがんの死亡率の低下に寄与しているのだそうである。



再発率はがん検診の有効性の評価には使えない。放置しても症状を引き起こさないがんを発見することでも再発率は下がるからである。死亡率の経時的変化についても、最後に述べるように、がん検診の有効性を証明することにはならない。しかも、「韓国ではスクリーニングブームが始まった2000年前後から甲状腺癌の年齢調整死亡率が低下している」という主張は疑わしい。cyborg0012さんが提示したグラフをみると、確かに2000年と比較して、2005年、2010年と順調に年齢調整死亡率が低下しているように見える。





■Standardized Thyroid Cancer Mortality in Korea between 1985 and 2010のFig1より引用


しかしながら、5年おきではなく、連続した年齢調整死亡率の推移を見ても、「2000年前後から年齢調整死亡率が低下している」と言えるであろうか。■Age-Period-Cohort Analysis of Thyroid Cancer Incidence in KoreaのFig1より引用する。青の四角が年齢調整罹患率、緑の三角が年齢調整死亡率である。縦軸の目盛りは対数であることに注意。





■Age-Period-Cohort Analysis of Thyroid Cancer Incidence in KoreaのFig1より引用


死亡率の推移には特に上昇傾向も下降傾向もないように見えるがどうか。もうこの図だけで「検診開始後に韓国の年齢調整甲状腺がん死亡率が低下したとは言えない」としていいが、論文中では統計解析も行われている。APC(annual percent changes:年次変化率)という指標で言えば、調査期間の1997年から2011年にかけて、男性の死亡率のAPCは0.03%(95%C.I. -1.9%〜2.0%)、女性は0.4%(95%C.I. -1.5%〜2.3%)であり、統計学的に有意ではない。韓国において、1997年から2011年にかけて、甲状腺がんによる死亡率は低下したとは言えない。

以下は余談である。

よしんば、cyborg0012さんのご指摘通り、甲状腺がん検診開始後に甲状腺がんの年齢調整死亡率が低下していたとしよう。しかし、それだけでは「検診によって死亡率が低下した」とは言えない。がん検診の効果は、理想的には無作為化比較対照試験(RCT)で、つまり、検診対象者を無作為にがん検診を受けた群と受けなかった群に振り分け、死亡率に差があるかどうかで評価されるべきである。さまざまな制約によりRCTが行えない場合は、コホート研究や症例対照研究で評価することもあるが、エビデンスレベルは低くなる。

「がん検診開始後にがん死亡率が減少した」あるいは「がん検診開始後にがん死亡率の増加傾向が止まった」というのは、時系列研究にあたる。時系列研究はコホート研究や症例対照研究よりもさらにエビデンスレベルは低いとされる。がん検診以外の死亡率に影響する因子の補正が困難だからである。韓国における時系列研究の一例だけをもって「検診によって死亡率が低下した」と結論するのは誤りである。